世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

それでは、ルー語のようにシジュウカラ語とコガラ語を組み合わせた時、どうなるか? 鈴木は、「警戒せよ、集まれ」を意味するシジュウカラ語の「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」の音声を、「ピーツピッ、ディディディ」に変えて聞かせてみた。

そうすると、シジュウカラは警戒しながら集まってきた。自分たちの言葉とコガラ語が混ざっても、しっかり理解していることがわかる。

newsweek_20220617_222819.jpg

コガラ。シジュウカラはコガラの言葉にも瞬時に反応する。 写真提供=鈴木さん

シジュウカラ語の文法の存在を解き明かす

ところが、「ディディディ、ピーツピッ」と順番を入れ替えると、反応を示さなかった。この実験から推測されるのは、どういうことなのか?

「恐らくシジュウカラの頭のなかには、『警戒』が先、『集まる』が後みたいな文法のルールがあるんです。その文法に当てはめることで、彼らにとって外国語にあたるコガラ語も含めて、柔軟に鳴き声を組み合わせてコミュニケーションを取っているんだと思います」

ちなみに、鈴木はルー大柴が好きで、YouTubeをよく観ていたこともあり、ある日突然、ルー語を応用するというアイデアが舞い降りたそう。この実験はそれほど時間がかからず、2017年に論文が発表され、話題を呼んだ。

ニュートンは家の庭でリンゴの木からリンゴが落ちるのを見て「万有引力の法則」を思いついたとされる。同様に、ルー大柴というひとりの芸人の存在が、シジュウカラ語の文法の存在を解き明かすカギになったのだから、どこに世紀の発見のヒントが隠されているのか、わからない。

「言葉は人間だけのものではない」

1年の大半を軽井沢の森のなかで過ごす鈴木だが、所属先は転々としてきた。日本学術振興会の特別研究員を3年で離任した後、京都大学生態学研究センター機関研究員(2年)、総合研究大学院大学特別研究員(4カ月)、東京大学教養学部学際科学科助教(1年)を経て、2019年から京都大学白眉センター特定助教を務める。

周囲からは「東大の先生になって辞めるやつはいないぞ」と何度も言われたという。しかし、5年の任期ながら自由に研究ができる今の立場になんの不満も感じていない。

「僕は本に書いてあることから仮説をひねり出すんじゃなくて、観察から見つけていくから、ネタが尽きないんです。ひとつの言葉がわかるだけで発見があって、論文にするとまた発見がある。そうやって、どんどん新しい疑問が湧いてくるんですよ。だから、職業的な安定よりも研究を進めるためにベストの道を選ぼうと思ったんですよね」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル、イランへの攻撃指示 「停戦違反」主張 

ビジネス

独IFO業況指数、6月は88.4 予想以上に上昇

ビジネス

5月スーパー販売額は前年比4.6%増、3カ月連続プ

ビジネス

ヴァージン・オーストラリアが再上場、11%急騰 I
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 7
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 8
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中