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アルツハイマー病

「神経細胞に出現する『毒の花』がアルツハイマー病に関与している」との研究結果

2022年6月16日(木)16時40分
松岡由希子

アルツハイマー病は、「アミロイドベータが脳内に凝集・蓄積して発症する」とされてきたが...... Credit: Springer-Nature Publishing

<米ニューヨーク大学の研究によって、アルツハイマー病の原因として、脳内でアミロイドベータが蓄積されるよりもずっと前に、ある特徴的な神経損傷が起きている可能性があることがわかった>

長年、アルツハイマー病の原因として、「アミロイドベータが脳内に凝集・蓄積して発症する」とする「アミロイドカスケード仮説」が有力だと考えられてきた。しかしこのほど、脳内ではアミロイドベータが蓄積されるよりもずっと前に、ある特徴的な神経損傷が起きている可能性があることがわかった。

分解されないままの老廃物で満たされた液胞が出現する

米ニューヨーク大学(NYU)の研究チームは、アルツハイマー病モデルマウスの神経細胞を観察し、アルツハイマー病では、神経細胞で老廃物を排出する機能が失われ、分解されないままの老廃物で満たされた液胞が花のようなロゼット状(放射状、螺旋状)に出現することを突き止めた。

研究チームでは、これを「毒の花」を意味する「PANTHOS」と名付けている。この研究成果は、2022年6月2日、学術雑誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」に掲載された。

あらゆる細胞の中にある細胞小器官「リソソーム」は、酸性条件下で働く酵素を持ち、代謝廃棄物の分解や除去、再利用に関与している。また、細胞が自然死する際にも、細胞の構成物質の分解や処分において重要な役割を果たす。

しかし、アルツハイマー病によって神経細胞が損傷すると、リソソーム内の酸性レベルが低下し、分解しきれなかった老廃物で満たされた「自己貪食液胞」と結合するにつれて、リソソームは肥大化していく。また、この自己貪食液胞には、初期のアミロイドベータも含まれていた。

アミロイドベータが蓄積するよりも前に神経細胞が損傷している

特に損傷が激しく、壊死しつつある神経細胞では、この液胞が花のような模様で集まり、外膜から膨れ上がり、核の周りで塊になる。また、損傷した神経細胞のいくつかでは、ほぼ完全に形成されたアミロイド斑も確認されている。

これまでの「アミロイドカスケード仮説」では、アルツハイマー病でみられる神経損傷は神経細胞の外側でアミロイドベータが蓄積した後に生じると考えられてきた。この研究結果は、アミロイドベータが蓄積するよりも前に、神経細胞のリソソーム内の問題に起因して神経細胞が損傷していることを初めて示した点で注目されている。

アルツハイマー病の進行について根本的な考えを変えるもの

研究論文の責任著者でニューヨーク大学のラルフ・ニクソン教授は「今回示した研究成果は、『アルツハイマー病がどのように進行するか』に対する根本的な考えを変えるものだ。これまでアミロイド斑を除去する治療法の多くがアルツハイマー病の進行を止められなかった理由にも説明がつく。神経細胞の外側でアミロイド斑が完全に形成される前に、神経細胞がすでに機能不全に陥っているからだ」と解説する。

研究チームはこの研究成果をふまえ、今後の治療法ではリソソームの機能不全からの回復と神経細胞内の酸性レベルの調整に焦点を当てるよう、提唱している。

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