最新記事

ロシア

戦争はいずれ終わるが「道徳的排除」は世界から消えない

2022年4月7日(木)11時30分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

集団アイデンティティーが持つ最も危険な側面の1つは、心理学者が「道徳的排除」と呼ぶものだ。特定のグループに所属するか、そのグループに自分のアイデンティティーを限定することによって自身の考えや精神を定義すると、他のグループとの競争と敵意の感覚が自動的に形成される。この物事の見方は、人々が「グループ内かグループ外か」に基づいて社会や人々を分類し、簡単に対立につながる精神を生み出すことになる。ウクライナの中でも地方によって、ロシアへの帰属感を持つ親ロシア派と、自国やヨーロッパに帰属感を持つウクライナ人がある今の状況を考えれば、集団アイデンティティーの危険性が見えてくる。

特に問題となるのは、道徳(モラル)のダブルスタンダード(二重規範)による判断だ。これは自分たちが帰属している集団のメンバーにのみ「道徳的基準/モラル・スタンダード」を適用して、同じモラルの規範を他の集団メンバーへ適応せず排除しようとすること。つまり正義や平等、安全、自由などの人権やモラルを自分にだけ当てはめる。今の状況はまさにそうである......つまり、ロシアのウクライナ人への一種の道徳的排除だ。

しかし、ダブルスタンダードによる行動はロシアだけでなく、ヨーロッパやアメリカにも多く見られる。ロシアのウクライナ侵攻を受け入れないとしながら、ロシアのシリア介入を認め、イスラエルによるガザ地区への攻撃も別問題とするなど、国際社会における理不尽なダブルスタンダードの例は後を絶たない。

ここで思い出すのは3年前にアフガニスタンで殺害された中村哲医師の言葉である。彼はさまざまな対立の元は国際社会が強いるいろいろな形のダブルスタンダードだとして、常に非難していた。2001年9月の同時多発テロを受け、アメリカは10月にアフガニスタンに対して空爆を行った。そのときも中村医師は、超大国アメリカの武力による解決を批判した。アフガニスタンへの自衛隊派遣についても「有害無益」だとして批判的な考えだった。

今の世界の多くの国では、「王様は裸だ」と言えない状況になっている。また、国際社会は偽善であふれている。欧米の人々が言う人権、平等、自由などは偽善にしか見えない。

ロシアが直面する最大の問題

おそらく今回の戦争はロシアの1000年の歴史の中で、同盟国なしで大規模な戦争に突入した数少ない例の1つである。ロシアがこれまでヨーロッパとの軍事衝突において一定の勝利や成功ができたのも、「敵と味方」の構図による同盟関係をうまく利用できていたからだといえる。時には味方を敵に、また敵を味方にという反対の場合もあった。ヨーロッパを親ロシアと反ロシアの二つの陣営に分割するゲームは常にあったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル34年ぶり155円台、介入警戒感極まる 日銀の

ビジネス

エアバスに偏らず機材調達、ボーイングとの関係変わら

ビジネス

独IFO業況指数、4月は予想上回り3カ月連続改善 

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 9

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 10

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中