最新記事
ロシア

戦争はいずれ終わるが「道徳的排除」は世界から消えない

2022年4月7日(木)11時30分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)
大量虐殺が行われたとみられるブチャの街

ウクライナ軍が5週間ぶりに奪還したキーウ近郊のブチャでは、多くの民間人が遺体となって発見された(4月6日) Alkis Konstantinidis-REUTERS

<戦争の醜い面は、集団アイデンティティーによる分断と憎悪だ。「モラルのダブルスタンダード」を含むあらゆる二重規範はロシアだけの問題ではない>


戦争が終わり、握手を交わすリーダーたち
帰らぬ人となった息子をただただ待ち続ける婆さん
あの女性も愛しい主人を今も待ち続ける
子供たちも勇敢な父さんの帰りが待ち遠しい
誰が国を売ったのか知る由もない
けれど、その代償を払わされた者は確かにいた(見た)!

これはアラブ現代史においてパレスチナ人で最も偉大な詩人の一人、マフムード・ダルウィーシュが残した言葉である。ロシアのウクライナ侵攻の影響か、アラブ諸国のSNS上で再び注目され話題を呼んでいる。

戦争はいずれ終わりが来る。しかし戦争が終わった後も、残された破壊の爪痕は計り知れないものだ。戦争は人々の暮らしの全てを変えてしまい、命と国を守ることに必死となる。これこそ、戦争の本質である。

『戦争論』とプーチン

テレビ画面越しに逃げ惑うウクライナ市民を見て、戦争の理不尽さを改めて突き付けられる。戦争が勃発すると、それはロシアとウクライナの現在の戦争であれ、過去20年間にアラブ地域で起きた戦争であれ、多くの疑問が私たちの脳裏をよぎる。戦争の性質とは何か、また、そもそもなぜ戦争が起きるのか? なぜ人々が平和に暮らせないのか? なぜそこまで人間は理不尽な暴力ができるのか? このように説明の付かない疑問や難問が次々と浮かんでくる。不当な暴力を全て説明できるものはありますか?

言語を問わず多くの歴史本を読んでみると、人間が平和に暮らすことは不可能だという率直な印象を抱くことが多い。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」とプロイセンの軍人だったクラウゼヴィッツは『戦争論』で力説する。これこそ、プーチン大統領の手法を体現している言葉だろう。プーチン政権になってから、ロシアの戦争経験が増えていったのも事実である。今回のウクライナ侵攻は、1999年にウラジーミル・プーチンが首相に就任して以来、6回目の直接軍事介入だ。これらにはコソボ、ウクライナ(クリミア)、グルジア、チェチェンが含まれ、今も続くシリアへの軍事介入は中東で初めてのものである。

歴史上の戦争の原因または動機を考えると、そのほとんどは権力拡大のための新しい土地の併合か植民地化、あるいは国家の権力、名声、富を脅す行為への屈辱を晴らし復讐したいという願望だ(最も近い例が、現在のウクライナの戦争だ)。しかし、戦争の一番醜い面は、異常な集団アイデンティティーによる分断と憎悪である。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中