最新記事

リトアニア

習近平のメンツ丸つぶし 欧州「中国離れ」に火をつけたリトアニアの勇敢さ

2022年1月15日(土)11時45分
東野篤子(筑波大学 人社系国際公共政策専攻 准教授) *PRESIDENT Onlineからの転載
EUの旗とリトアニアの国旗

EUの旗とリトアニアの国旗(ロイター/Ints Kalnins)


欧州で存在感を増していた中国が、想定外の逆風にあえいでいる。きっかけは、小国・リトアニアが中国との経済協力関係を解消し、台湾に接近したことだ。筑波大学の東野篤子准教授は「激怒した中国政府はリトアニアに圧力をかけ、苦境に陥れた。だが、この報復行為に近隣諸国が強く反発。これまで良好だった欧州と中国の関係に隙間風が吹き込んでいる」という――。


リトアニアと中国との関係はさほど険悪ではなかった

近年、欧州の小国リトアニアが注目を集めている。同国は中国との関係に見切りを付け、台湾との関係構築を大胆に進めているのだが、これに中国が猛然と反発し、あらゆる手段を用いてリトアニアへの圧力を強めている。

それでも台湾への接近をやめようとしないリトアニアの大胆さと、なりふり構わず同国へのけん制と報復に走る中国という構図に、国際社会の関心が集まっているというわけだ。

なぜこのようなことになったのか、経緯を簡単に振り返っておきたい。もともと、リトアニアと中国との関係はさほど険悪ではなかった。

2012年に中国と中・東欧や西バルカンの16カ国との経済協力枠組みである「16+1」が創設された際には、リトアニアはむしろ中国との関係強化に期待を寄せていたとみられる(なお、同枠組みは2019年にギリシャが参加した際に「17+1」と改称されたが、後述するようにリトアニアの離脱によって「16+1」へと逆戻りすることになる。また、本稿では混乱を防ぐため、時期的には「17+1」とすべきところもすべて「16+1」と記述する)。

中国による「途上国扱い」に不満

発足から数年後、リトアニアだけでなく「16+1」諸国の多くは、同枠組みに不満を抱くようになった。

「16+1」で約束された中国による原発や高速道路の建設などの大型インフラ投資案件には、計画倒れに終わったものが少なくなかった。

実施されても計画が大幅に遅れ、予算が当初予定の何倍にも膨れ上がったものもある。

このため、中国主導のインフラ投資計画に大きな疑問符がつくようになったのである。

また、そもそも中国は「16+1」を、中国による「途上国支援」としてとらえていた側面がある。経済危機や不況に苦しむ中・東欧諸国や西バルカン諸国に対し、中国がインフラ投資を携えて手を差し伸べる――。これが中国の描いていた「16+1」のイメージであった。

しかし、「16+1」の加盟国には、欧州を代表するIT先進国のエストニアやリトアニアから、経済不況にあえぎ、支援を渇望する旧ユーゴ諸国まで、実にさまざまな国が存在していた。こうした国々を十把一絡げに「途上国」扱いしてきたことに、「16+1」の根本的な問題が存在していたのである。

習近平が出席した会議に首脳が欠席

リトアニアの中国離れが可視化されるようになったのは2021年以降のことである。同年2月にオンラインで開催された「16+1」首脳会議は、習近平自ら出席したにもかかわらず、6カ国が首脳ではなく閣僚を出席させた。

中国はとくに、首脳の欠席をいち早く表明したリトアニアとエストニアを問題視したようであり、両国の駐中国大使は深夜に外交部に呼び出され、叱責されたという。

中国との軋轢が表面化し、一層中国離れを加速させたリトアニアは同5月、「16+1」からの離脱を発表した。

この決定に関する当時の駐中国リトアニア大使の説明は以下のようなものだった。

すなわち、「16+1」にはEU加盟国と非加盟国が混在しているため、2つに分断される恐れがあった。

また、リトアニアは「16+1」を通じて中国への市場アクセスの改善を働きかけてきたが、中国の市場の閉鎖性は全く変わらなかった。つまるところ、「16+1」にこれ以上参加する意義を見いだすことができなくなった――。

リトアニア大使の説明には、「16+1」が抱えていた問題点が凝縮されていたのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

マクロスコープ:政府の成長戦略会議、分科会でも積極

ワールド

タイとカンボジア、戦闘継続 トランプ氏との電話協議

ワールド

フィリピン中銀、0.25%利下げ 予想通り

ビジネス

日経平均は続落、FOMC通過で出尽くし ソフトバン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 8
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中