なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を歴史で読み解く

TAIWAN, WHERE HISTORY IS POLITICAL

2021年10月9日(土)09時57分
野嶋剛(ジャーナリスト、大東文化大学特任教授)

210921P18_TWH_10.jpg

急激な対中接近に怒りの声を上げたひまわり学生運動(2014年) TOBY CHANGーREUTERS

「自立」を志向する民進党の陳水扁総統は中国との対立を選んだが、当時まだ対中融和論が強かった米国から嫌われ、国内の支持も集まらなかった。最後は、自らの不正資金問題で牢につながれてしまった。台湾の歴代総統の中で最も失敗した総統は誰かと言われれば、多くの人は陳水扁を思い浮かべるに違いない。

その陳水扁を反面教師とした国民党の馬英九総統は、「繁栄優先」を掲げて中国との関係強化を目指した。中国は多くの台湾優遇策を繰り出し、ブッシュとオバマの両米政権からも支持された。

一見、全てがうまく進んでいるかのように見えたが、14年、台湾の若者たちが急激な対中接近に不満を爆発させた。国会に当たる立法院を長期占拠した「ひまわり学生運動」である。馬英九の対中融和路線はあえなく終わりを告げた。

16年の総統選で民進党が政権復帰となり、蔡英文総統は中国から距離を置く立場を取っている。ただ、陳水扁時代のように独立志向をアジテートするような言動は控えて、実務路線で台湾の自立を守っていく姿勢を崩していない。

一時は支持率が低迷した蔡英文総統だが、香港のデモをきっかけに世論の対中警戒意識が高まり、20年に高得票で再選を果たした。コロナ対策も現時点では一時の感染拡大を抑え込み、世界的な半導体需要もあって台湾経済の景気は底堅い。24年の蔡英文の総統任期満了後も、民進党の政権維持が視野に入っている。一方で、対中経済依存は依然高いままで、理想と現実の間で苦しむ台湾の矛盾はなお解決していない。

210921P18_TWH_13.jpg

中国から距離を置く蔡英文 TYRONE SIUーREUTERS

いま台湾をめぐる国際環境は激変の中にある。国際社会も次第に中国の台頭に警戒色を強め、米国はいったん緩めた台湾との軍事的連携を強めようとしている。台湾を、中国の軍事拡張を抑え込むための「不沈空母」として利用する構えで、新冷戦の下、台湾の戦略的価値は大きく上方修正されつつある。

一方、中国は国産空母を台湾海峡に遊弋(ゆうよく)させ、相手の対処能力を上回る「飽和攻撃」を仕掛けるに十分な大量のミサイルを対岸の福建省に配備している。台湾海峡の中間線を越える中国軍機が頻繁に現れ、歴史に刻まれた中間線不可侵のルールは過去のものになりつつある。

日米首脳会談、G7首脳会議などで相次いで「台湾海峡の平和と安定」がうたわれるのは、過去になかった前代未聞の現象である。それだけ台湾が危ない、ということにほかならない。歴史を通じて、台湾海峡の波が高くなるとき、台湾社会も大きく揺れる。台湾史は今、かつてない大波乱のページをつづろうとしているのかもしれない。

210921P18_TWH_12.jpg

中国に製造拠点を置く電子機器大手フォックスコン(鴻海科技集団)など中国経済との関係は切り離せない IN PICTURES LTD.ーCORBIS/GETTY IMAGES

(筆者は元朝日新聞台北支局長。著書に『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』〔扶桑社〕『台湾とは何か』〔筑摩書房〕などがある)

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ビジネス

米国株式市場=ナスダック連日最高値、アルファベット

ワールド

米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行動なけ

ワールド

前セントルイス連銀総裁、FRB議長就任に「強い関心
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中