最新記事

エコロジー

地球上に残された「最後の秘境」で自然の静寂に耳を澄ます

Save Quiet, Save Everything

2021年7月31日(土)15時37分
キャスリーン・レリハン(トラベルライター)
音響生態学者ゴードン・ヘンプトン

マイクを担いで森の奥地に入ったヘンプトン SHAWN PARKIN

<音響生態学者で「自然の静寂」を守る活動を行うゴードン・ヘンプトンの、人工音に汚されていない自然環境を守る闘い>

ロックダウン(都市封鎖)で大いなる静寂が訪れたとき、私たちは気付いた。刺激過多の脳と自然界に静けさがどれほど恩恵をもたらすか......。

昨年の3月から5月には世界中の都市が静まり返り、地震計が拾うノイズ、つまり人為的な地面の振動も消えた。地質学者たちによれば、これほど長くノイズが消えたのは観測史上初めてのことだ。

この時期、人間が姿を消した世界で野生動物は自由を満喫した。チリの首都サンティアゴにはピューマが出現。サンフランシスコでコヨーテが目撃され、ニューヨークっ子たちは車の音よりも高らかに響く鳥のさえずりに驚いた。

だが経済活動が再開し、ジェット機の轟音が再び空に響き始めた今、私たちは地球上に残された数少ない静かな場所を守れるだろうか。

きっと守れる──そう答えるのは音の収集のプロ、ゴードン・ヘンプトンだ。音響生態学者でもある彼は、消えつつある自然のサウンドスケープ( 音の風景)を求めて、過去40年間世界中を回ってきた。その使命は静寂に包まれた最後の秘境を守ること。ヘンプトンは自らのライフワークを本誌に熱く語ってくれた。

彼が仲間と共に設立したNPO「クワイエット・パークス・インターナショナル(QPI)」は、人々が日常的に静寂に浸れる場所を世界中に確保することを目指す。その活動の一環として2019年に、エクアドルのサバロ川流域の一画を世界初の「自然の静寂な公園」に指定した。

QPIはさらに世界で265カ所、静寂な公園を設ける予定だ。その中には人口密度が高い都市郊外の森林なども含まれる。その1つ、台湾の中心都市・台北に近い陽明山国家公園は世界初の「都市の静寂な公園」に指定された。

ヘンプトンの活動の原点はワシントン州のオリンピック国立公園だ。05年に公園内の森で「アメリカで最も静かな場所」を見つけた彼は、そこに目印の石を置き、「静寂の1平方インチ(約6.5平方センチ)」として飛行機などの騒音から守る運動を始めた。

雷鳴と鳥の声が転機に

もともとヘンプトンは植物病理学を専攻していた。進路を変えたのは2つの音だ。1つはウィスコンシン州マディソンで出くわした嵐。雷鳴の音を聞いて、それこそ雷に打たれたように、自然の豊かさにショックを受けた。

私たちの脳は聴覚刺激を取捨選択するが、この出来事をきっかけに彼は周囲の音を専門機材で余さず聞くようになった。「ちょうどシュノーケルマスクを着けて海に潜ってみたようなものだ。それまで知らなかった世界の豊かさに圧倒された」

ヘンプトンに啓示を与えた2つ目の音はニシマキバドリの歌声だ。彼はそれをワシントン州ワナッチーの駅舎の外で貨物列車が入ってくるのを待っているときに聞いた。

「それ以来、人里離れた地に深く分け入るようになった。騒音公害から逃れると、よりはっきりと音が聞こえ、自然もまた私たちのように盛んにコミュニケーションを取り合っているのだと気付かされた」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米軍が「麻薬密売船」攻撃、太平洋側で初 2人死亡=

ビジネス

NY外為市場=英ポンド下落、ドルは対円で小幅安

ビジネス

テスラ、四半期売上高が過去最高 税控除終了前の駆け

ワールド

「貿易システムが崩壊危機」と国連事務総長、途上国へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 6
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 7
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    やっぱり王様になりたい!ホワイトハウスの一部を破…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 6
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中