最新記事

歴史

奇妙な脚色のアニメ版よりはるかに面白い、「黒人の侍」弥助の数奇な人生

The Real Story Is Fascinating

2021年6月3日(木)21時17分
ノア・バーラツキー

もう1つ、弥助を取り上げた重要な作品がある。遠藤周作の71年の小説『黒ん坊』だ。来栖と違って、弥助に向ける遠藤のまなざしには温かみが感じられない。遠藤はステレオタイプの黒人像を差別的に描いた欧米の作品に影響を受けていたのかもしれない。小説のタイトル自体、黒人に対する蔑称だ。

アフリカ系アメリカ人作家マーク・オールデンの74年の小説『ブラック・サムライ』の主人公は、遠藤が描くドジで混乱した弥助とは対極を成す現代のサムライだ。ただしオールデンが弥助にインスピレーションを得て、この主人公を造形したかどうかは分からない。小説の舞台は70年代で、主人公は米軍の黒人兵士。偶然に知り合った日本人の老師に武士道を教わる。

映画化もされたこの小説は、70年代前半の「ブラックスプロイテーション」と呼ばれる黒人観客向け映画と、ブラックパワー運動の影響を受けた大衆スリラーだ。主人公は痛快なアクションで白人至上主義者をたたきのめす。弥助がモデルなら、オールデンは歴史の脚注に記された黒い武士をブラックパワー運動のアイコンに仕立てたことになる。

210608p54_net02.jpgNETFLIX

常識的な理解を超える

90年代以降、弥助はさまざまな形で日本の大衆文化に登場するようになった。2011年にアニメ化された漫画『へうげもの』や17年発売のゲームソフト『仁王』にも顔を出している。

英語で書かれた文献としては、19年刊行のトーマス・ロックリーとジェフリー・ジラードの共著『アフリカ人サムライ』が参考になる。アフリカからおそらくはインド経由でヨーロッパ、そして東アジアに向かった旅をたどり、弥助をグローバルな文脈に置いたノンフィクションだ。この本が描く弥助は十数の言語を自在に操る国際人であり、旅を通じて優れた砲術を身に付けた屈強な戦士だ。

ネットフリックス作品も「グローバルな弥助」を描いていると言えなくもない。アニメにはイエズス会士やアフリカの呪術師、果てはロシアの狼女など多様な異邦人が登場する。弥助もその1人だ。アニメでは、弥助を武士に昇格させる信長の決断は「古いしきたり」に反するとして物議を醸し、多様性を嫌う光秀は反乱を企てる。

「排外主義者と戦う弥助」という設定はなかなか面白いが、残念ながらストーリーはそこからそれて、超能力少女の咲希を中心に展開する。謎のパワーを秘めた咲希が宿命のヒロインとなり、いつの間にか弥助は彼女を助ける脇役に追いやられてしまう。

弥助の物語のはずなのに彼が脇に退く展開には納得がいかない。だが考えてみれば弥助は過去も今も、アメリカ人にも日本人にとっても、常識的な理解を超えた存在なのかもしれない。

黒いサムライは日本に来てから約400年間、人々を驚かせ、興味をそそり、魅了してきた。これからも100年、いや500年にわたってクリエーターをてこずらせ、触発し続けてほしい。

From Foreign Policy Magazine

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米銀のSRF借り入れ、15日は15億ドル 納税や国

ワールド

中国、南シナ海でフィリピン船に放水砲

ワールド

スリランカ、26年は6%成長目標 今年は予算遅延で

ビジネス

ノジマ、10月10日を基準日に1対3の株式分割を実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中