最新記事

ミャンマー

ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こした本当の理由

Why the Army Seized Power

2021年3月1日(月)19時30分
アーサー・スワンイエトウン(軍史研究家)

クーデターは国軍にとって、争うことなく国内の直接的な支配権を手にしたこと以外はほとんど恩恵がなかった。従って今回の権力奪取は、民間の反対勢力による詮索や邪魔を回避して内政問題に対処しようとする試みである、とも考えられる。

軍内部の統制が目的か

1962年の軍事クーデターから88年の全国に広がった民主化要求デモまで、国軍と対峙する戦線は、多数派のビルマ民族と少数民族にほぼ分裂した状態が続いた。民族間のコミュニケーションの欠如とビルマ民族による他民族への偏見も、その一因だった。やがてスーチーとNLDが台頭し、1988年以降にインターネットなど近代的な技術が普及して、国軍と対峙する戦線の統一が進んだ。

国軍はビルマ民族の中心地域で武器を独占しており、大半の反対勢力が国土の周辺部で活動しているが、国軍の指導部にとっての最大の脅威が内部から生じることは十分に考えられる。

国軍上層部の不和の噂が広まれば、厳重に管理された軍のシステムは崩壊するだろう。組織に関して信頼できる情報が外部に漏れることはその発端になり得るため、国軍は情報を厳重に管理してきた。

文民政権の下で国軍内の反対分子をコントロールしようとしても、その行為は表に出やすく、投票の自由を奪われた国軍メンバーが文民指導者に支援を求めることも考えられる。つまり今回のクーデターは、軍が国際社会や市民に知られることも干渉されることもなく、反対分子に完璧に対応できるようにするために行われた、とも考えられる。

クーデターそのものは、国軍上層部の権威と特権を維持するために、ミンアウンフライン総司令官が個人的に決断した可能性もある。しかし、比較的限界的な利益のために、ミャンマーが世界経済から疎外されるようになるリスクを冒すとは考えにくい。新たな孤立の時代の到来を宣言するより、世界市場とつながっていることから得られる利益のほうが、彼らにとっても大きいからだ。

さらに、昨年の選挙でUSDPは敗北したが、国軍が自らの特権を守るために慎重につくり上げた憲法を脅かすことはなかった。

クーデターのコストと利益を計算すると、これら2つの要因が混じり合っているのではないだろうか。正統性に関してスーチーと文民政府に負けたことが、潜在的な内部対立と相まって、軍上層部の特権を脅かした。スーチーと文民政権は、汚職など国軍の権力乱用を明らかにしたかもしれない。

今回のクーデターは、軍が内部の問題を干渉されることなく解決するために発動された可能性も高そうだ。

とはいえ、まだ断言することはできない。国軍はこれまで、自ら謎めいた存在であり続けてきた。情報は力であり、将軍たちはそのことを十分に認識している。

From thediplomat.com

<本誌2021年3月9日号掲載>

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 6
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中