最新記事

感染症対策

日本のワクチン接種プロジェクトに不透明感 迫る東京五輪の開幕

2021年1月27日(水)11時37分

欧米で新型コロナウイルスのワクチン接種が進む中、日本は開始までにあと1カ月かかる見通しだ。写真は22日、国立競技場前に設置された五輪のロゴ(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

欧米で新型コロナウイルスのワクチン接種が進む中、日本は開始までにあと1カ月かかる見通しだ。超低温状態のままどう全国に届けるのか、医師や看護師をどう確保するのか、会場をどう運営するのか。解決すべき実務上の課題は多く、さらに遅れを招く恐れがある。半年後の東京五輪・パラリンピック開幕までにこの大規模なプロジェクトを実行できるのか、不透明感が漂っている。

1月上旬の記者会見。五輪開催の見通しを問われた菅義偉首相は「2月下旬にも始まるワクチン接種によりしっかり対応することで、国民の雰囲気も変わるのではないか」と語った。医療従事者に対する接種が2月末に始まったとしても、7月23日の五輪開幕まで145日しかない。人口の半分に2回ずつ接種するとして、全国で1日87万回のワクチンを打たなくてはならない。薬事審査で最初のワクチンが承認されるのは2月中旬の見込みだ。

ワクチン用のドライアイスを製造

実現するには大量のトラック、特殊な冷凍保管庫、ドライアイスを調達するとともに、多くの医療従事者の協力を得る必要がある。立案するのは政府だが、実施するのは区市町村レベルの自治体で、コロナ対応に追われる中で新たな負担となる。

神奈川県川崎市は27日午後、厚生労働省とともにワクチンの集団接種を想定したテストを実施した。会場となった学校の体育館を待機スペースや接種場所などに分け、流れを確認した。副反応が出る可能性があるため、参加者は模擬接種後も30分待機していた。

結果をすぐに各地の自治体と共有する予定で、川崎市の担当者は「全国どこでも同じような形で応用可能、そして地域の実情に合わせて少しアレンジができるという、まさに標準的なモデルものをイメージした」と語った。

菅義偉首相の選挙区の横浜市では、約50人の市職員がチームを作り、接種会場の確保のほか、医師、看護師の確保に当たっている。チームを率いる担当者は、「ずっと守勢に立たされていた人類にとって、ワクチン接種は新型コロナウイルスに対する初の反撃だ」と話す。

日本は年内に7200万人分のワクチン供給を受けることで米ファイザーと契約したが、遺伝子技術を使って開発したこのワクチンは、通常の冷凍庫よりもずっと低い零下75度で保管する必要がある。政府は超低温仕様を含め、冷凍庫2万個を確保するほか、大量のドライアイスを供給するとしている。

ワクチンを超低温で管理することの難しさは、大規模なこの接種計画の縮図とも言える。日本国内で製造されるドライアイスは年間35万トン。ドライアイスメーカーの関係者によると、そのほとんどは食材の保存用だという。ワクチンを輸送するには粉状あるいは粒状のものを調達する必要があり、製造方法が異なる。

「製造装置の部品を変えるだけではなく、作り方が違う」と同関係者は言う。「変更には数カ月かかる」。

物流事業者の日本通運は、ファイザー製ワクチンの輸送を検討する議論に加わっている。医薬品を保管する倉庫を国内に4カ所建設中だが、完成するのは2月で、ファイザー製ワクチンの保管に必要な超低温仕様には設計されていないという。

冷凍庫を手掛ける日本フリーザー(東京都文京区)は、政府向けに2300台を生産しているものの、ワクチンが国内の薬事審査で承認されるまで正式契約を結んでいない。同社の冷凍庫は電圧100ボルトの通常電源で作動するが、学校のような接種会場で安全に使うには再配線が必要になるかもしれないという。

「半数は作った。6月までに残りの半数を完成させる」と、同社の関係者は話す。生産ラインはデンマークにあり、「突然の増産だったので、十分な部品を調達するのが難しい」と、同関係者は言う。

医療機器メーカーのPHCホールディングス(東京都港区)も、政府から冷凍保管庫の生産を打診された企業の1つ。主力工場を24時間体制で稼働して対応している。

医療ひっ迫するなか、ワクチン接種は可能?

ワクチンが首尾よく会場に届いたとしても、すでにコロナ患者の対応に追われている医療従事者を、接種のため確保する必要がある。共同通信が47都道府県庁所在地の自治体を対象に実施した調査によると、医師や看護師の確保が主要課題との回答が8割にのぼった。

自衛隊は医療体制がひっ迫した自治体に看護官を派遣しており、防衛省の報道室によると、ワクチン接種の支援にも声がかかる可能性が高いという。自衛隊には注射を打つ資格のある医師や看護師が約2000人いるが、すべてを支援に向けられるわけではない。

日本はファイザーのほか、複数の製薬会社から合計3億1400万回分のワクチン供給を受けることで合意している。しかし、実際に確保するまでに数カ月はかかる見通しだ。

日本はワクチン接種で他国に遅れを取る恐れがあり、五輪開催に対する疑念がさらに高まる可能性があると、昭和大学医学部の二木芳人客員教授は言う。一方で、接種計画を急ぐことの方が問題で、慎重に進めるべきと指摘する。

*川崎市が実施した訓練の様子を追加しました。

(Tim Kelly、Rocky Swift 日本語記事作成:久保信博 編集:田中志保)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2021トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」分けるカギは?
・世界の引っ越したい国人気ランキング、日本は2位、1位は...
→→→【2021年最新 証券会社ランキング】


ニューズウィーク日本版 AIの6原則
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月22日号(7月15日発売)は「AIの6原則」特集。加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」/仕事・学習で最適化する6つのルールとは


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ

ワールド

トランプ氏、ウクライナ兵器提供表明 50日以内の和

ワールド

ウへのパトリオットミサイル移転、数日・週間以内に決

ワールド

トランプ氏、ウクライナにパトリオット供与表明 対ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中