最新記事

事件

見逃されたアラート アメリカ議事堂暴動を許した警備の「死角」

2021年1月8日(金)19時35分

乱入防ぎ切れない建物構造

議会警察の各警官が受けている訓練は、議事堂の表玄関へと上がる大理石の階段部分で、抗議者を阻止し建物内部に入れないようにすることが目的だ。しかし、かつて議会警察長官と上院警備局長を務めたテランス・ゲイナー氏は、19世紀に建造された議事堂は窓や扉が非常に多くある構造で、全ての侵入を防ぐのは難しいと認める。

「今回は階段部分の警備を破られた後に、扉と窓の箇所でも防戦に敗れた」という。

映像を見ると、米国の心臓とも言える議事堂になだれ込んだ群衆は歴史的ないくつものホールを勝手気ままにうろつき、バルコニーからぶら下がってみたり、ペロシ氏の執務室をあちこち引っかき回したり、挙げ句にはペンス副大統領が座る上院議長席に腰掛けてみたりと、傍若無人に振る舞った。ロイターが撮影した議事堂内の写真には、南北戦争で奴隷制存続を唱えた南軍の大きな旗を肩に巻いて闊歩する人物の姿もある。これはまるで、南軍は敗北したという歴史的事実を覆すかのような刺激的な情景だ。

ゲイナー氏は「議事堂に乱入される事態など想像していなかった。これは事実ではないと考えたくなる気持ちを無理やり抑え込まなければならなかった。今後はこうした事態の発生を全面的に考慮する必要があるだろう」と話した。

議員からは、警備計画の不備を責める声が聞こえる。テキサス州選出の民主党のビセンテ・ゴンザレス下院議員は「警官はあの状況で良い仕事をしたと思う。しかし(警備)計画が不十分だったのは明らかだ」と述べ、随分と前から練られていた「抗議」活動に対抗し、警察は「圧倒的な力を見せつける」必要があったとの考えを示した。

国土安全保障省の高官は、議会警察が議事堂襲撃にもっと備えているべきだったと主張。こういう事態も想定し、事件発生に際してはもっと応援を呼ぶのが妥当だったとみている。

まるで警官ネタの喜劇映画

議会筋によると、民主党議員の一部は事前にトランプ氏支持者の暴動を心配していた。合同会議の1週間以上前に、警戒すべきことや具体的対策について分かっていることを教えてくれと主要関係機関に催促しようとしていた。しかし、誰ひとりとして、重大な情報を収集したり対策を練ろうとしたりした様子はなかったという。

司法省の元高官によると、ワシントンの法執行機関は通常のイベント警備では何週間も、あるいは何カ月もかけて大規模デモへの対策を固めていく。地元警察、議会警察、大統領警護隊、連邦の公園警察などが連邦捜査局(FBI)の指揮本部に集まり、対応を調整する。だが6日の合同会議に向けて、どれほどそうした計画がされたかは不明だ。

トランプ氏の演説会場などの警備計画に詳しい法執行機関の幹部は、議会警察の準備不足に衝撃を受けたと漏らす。「まるで(サイレント喜劇映画で警官ネタを得意とした俳優グループの)キーストン・コップスの芝居のようだった。本来ならば乱入事件は発生するはずもなかった。われわれは全員、トランプ氏支持者が押し寄せると承知していた。警備でいの一番に必要なのは、そこの警備の存在を見せつけることだ。議会警察は本質的には治安警備の部隊だ。議会警察に対する準備がなぜもっとされていなかったのか、理解に苦しむ」と首をかしげた。

もっとも、何年も前から議事堂をどう守るかの議論は公聴会や報告書でされていた。ゲイナー氏は周囲に群衆による襲撃防止のフェンスを建設することを2013年に提案したが、実現していない。議員たちは公衆が議事堂にアクセスできるのを守りたいと考え、要塞のように見えるようにするのを望まなかったため、構想はまったく受け入れられなかったという。

死者も出たトランプ氏の扇動

トランプ氏はツイッターで、11月の大統領選の敗北を無効とするために「荒っぽい」イベントを行うと約束していた。これが支持者たちの行動をあおったように見える。トランプ氏は6日の集会では「わが国はもう十分な仕打ちを受けた。これ以上はごめんだ。強さを見せ、強くあらねばならない」とぶち上げていた。

そのトランプ氏がホワイトハウスに戻るところで、何千人もの群衆が議事堂に向かい始めた。目撃者の証言やビデオ映像によると、あっという間に議事堂の外周を突き抜けた群衆を、階段部分で食い止めようと議会警察は圧倒的に多勢に無勢の中で、孤軍奮闘したように見える。しかし、広大な建物の全ての扉と窓を守ることはできず、群衆は中になだれ込み、上院と下院の両議場にも侵入した。

2人の関係者によると、ワシントン市当局は昨年6月のホワイトハウス周辺での反人種差別デモに対して、連邦機関が過激な強硬措置に出た事件の再来を懸念。今回の事件発生の数日前の段階では、軍部隊を現場に送るのを避けたいと考えていたもようだ。ただ当日、市警察の到着にかなり時間がかかった理由は不明だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中