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東南アジア

SNSパワーで「神聖不可侵」の王室に改革迫るタイの若者たち

2020年11月11日(水)19時20分
サシワン・チンチット

ワチラロンコン現国王は評判も散々 ATHIT PERAWONGMETHA-REUTERS

<反政府デモの担い手である15~25歳の若者は新たな視点でタイの歴史と価値観を見つめ直そうとしている>

10月14日、タイの首都バンコクを埋め尽くしたデモ隊の前で、主要リーダーである人権派弁護士のアノン・ナンパは政府と王室に向けてこう警告した。「われわれを排除するために武力を行使するな。そんなことがあれば、この国は以前と同じではいられない。そしてわれわれの要求はただ1つに絞られるだろう」──その意味するところは、神聖不可侵のはずだったタイ王室の改革だ。

過去の民主化デモがことごとく暴力や軍事クーデターでついえたことを考えれば、アノンの主張に現実味はあるのかと、多くが疑問を抱いた。だが10月17日、その疑問に1つの答えが出た。集会を禁じる非常事態宣言にもかかわらず、国中に抗議行動が広がったのだ。今のタイは、実質的な改革なしには王室が不適切・不必要な存在になる方向へと向かっている。この画期的転換の陰には何があるのか。

学生を主体としたここ数カ月のデモ隊の要求は3つ。プラユット首相の退陣、真に民主的な憲法制定、王室改革だ。

デモ隊にとって王室はタイ政治の問題の根本で、制限ある不安定な民主主義ゆえにタイは数十年間低迷している。現政権下で貧困率は上昇し、選挙不正が横行。国民がコロナ禍に苦しむなか王室予算は膨れ上がり、ワチラロンコン国王は権力を拡大させ続ける。

人々が反旗を翻したのには、SNSなど新メディアの果たした役割が大きい。YouTubeやネットフリックスなどが普及する前は、国営メディアや教育現場など限られた情報源によって「国家、宗教、国王」こそがタイを形作るアイデンティティーであり、王室は敬うべき存在であるとの意識が国民に植え付けられていた。年上世代がこれにどっぷりつかる一方、若者は新たな視点でタイの歴史と価値観を見つめ直している。

最近のデモの担い手は15~25歳で、現代的・国際的コンテンツの消費者でもある。彼らに人気の番組は、若者の性や同性愛問題を正面から描いたドラマシリーズ『ホルモンズ』などで、もはや旧メディアによる情報の寡占は不可能だ。

加えて、王室自体も問題を抱えている。敬愛されたプミポン前国王とは違い、ワチラロンコンは国民に寄り添わず、即位前からスキャンダルや権力乱用がささやかれていた。

プミポンの在位中、国民の王室敬愛はカルト的なレベルに達したが、実は亡くなる2016年以前から王室人気には陰りが見えていた。社会保障制度が整備されるのに伴い、プミポンの過去の貧民救済活動の成果も色あせていった。

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