最新記事

南コーカサス

アゼルバイジャンとアルメニアで因縁の戦いが再燃した訳

A War Reheats in the Caucasus

2020年10月6日(火)19時30分
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)

アゼルバイジャンはすんなり負けを認めたのか

その逆だ。敗戦は深いトラウマを残した。自治州を失い、そこに住んでいた同胞がアルメニア軍に追い出されたからだけではない。アゼルバイジャンの人口はアルメニアの約3倍。国の大きさでも国力でも格下の相手に負けたのは耐え難い屈辱だった。

そのためさまざまな陰謀論が飛び交い、アメリカがひそかにアルメニアを支援したという説まで流れた。実際には、徴集された兵士から成るアゼルバイジャン軍は志願兵で構成されたアルメニア軍に比べ士気が低かったことが大きな敗因だ。加えてロシアもアルメニア側へのテコ入れを強め、武器を提供し、軍事訓練を行っていた。

アゼルバイジャン人の遺恨の深さを物語る悪名高い事件がある。2004年にNATOがハンガリーの首都ブダペストに非加盟国の将校を集めて英語訓練セミナーを行った。アルメニアとアゼルバイジャンもこれに参加。夜に参加者が宿舎で寝ているとき、アゼルバイジャンの将校ラミル・サファロフがアルメニアの将校をおので殺し、ほかのアルメニア人も殺そうとした。

これだけなら常軌を逸した個人の犯行にすぎなかっただろう。だがアゼルバイジャンはハンガリーで終身刑になったサファロフの身柄引き渡しを要求。8年後に連れ戻すと大統領が即座に恩赦を与え、少佐に昇格させて住居と未払いの給与を与えた。アゼルバイジャン大統領府の外交部トップはサファロフを「母国の名誉と国民の尊厳を守って投獄された」英雄とたたえた。

なぜ何も解決しないのか?

交渉でより強い立場を維持して、武力侵攻という疑惑をかわすために、アルメニアはナゴルノカラバフを自国の領土に組み込むのではなく、名目上の独立共和国としてきた。ただし、「アルツァフ共和国」を名乗る傀儡国家は、国際的にほとんど承認されていない。

アメリカとロシアは、恒久的な解決策を探る上で重要な役割を演じてきたが、長年の努力も無益なままだ。アメリカに関しては、アルメニア系アメリカ人のロビー団体がそれなりに影響力を持っているが、アゼルバイジャンもアメリカの石油会社との関係に多額の投資をしている。

公式には、2000年代半ばから「マドリード原則」に基づく交渉が進んでいる。アルメニアが占領地を放棄して、難民は故郷に戻り、紛争地域の住民の権利が保障されて、最終的に領土の帰属問題が解決されることを目指す。

ただし、双方とも主張を曲げるつもりはない。特に、いずれの国も指導者が権力を維持する上でナショナリズムが非常に重要な役割を果たしており、妥協には国民が強く反対している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フォトレジストに関する貿易管理変更ない=対中出荷停

ワールド

ハマスが2日に引き渡した遺体、人質のものではない=

ビジネス

日経平均は続伸、AI関連株が押し上げ 全般は手掛か

ワールド

韓国GDP、第3四半期は前期比+1.3% 速報値か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 7
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 10
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中