最新記事

中東

イランを追い込むトランプ式の和平「包囲網」

A Nightmare for Iran

2020年9月26日(土)14時00分
メイサム・ビーラベシュ(政治学者)、ハミドレザ・アジジ(中東研究者)

もっとも安全保障上それよりはるかに重要なのは、UAEをはじめペルシャ湾岸諸国が、イスラエルとアメリカからイランの核心的な利益を守る「自然の要塞」となってきたことだ。イランは長年、イスラエルによる包囲を防ぐ緩衝地帯を築くためアラブとイスラエルの対立を利用してきた。この対立のおかげで、ペルシャ湾の対岸に「戦略的奥行き」を確保でき、効率的に緩衝地帯を築くことができた。

イランが何より警戒しているのはイスラエルとUAE、さらにはバーレーンが安全保障上の協力関係を築き、軍事情報を共有することだ。そうなれば、イランがイスラエルから自国を守るために利用してきた壁、つまり自然の要塞に亀裂が入ることになる。

イランは以前から、この要塞を守る決意を示してきた。

2017年9月にイラク北部のクルド人自治政府が独立の是非を問う住民投票を強行し、賛成が圧倒的多数を占めた。イラン革命防衛隊は、住民投票の実施そのものに反対していたイラク政府を支持。革命防衛隊の精鋭部隊、クッズ部隊のガセム・ソレイマニ司令官(当時)は、油田地帯のキルクークからクルド人戦闘員が撤退しなければ、イランが支援する準軍事組織をイラク政府軍と共に派遣すると、繰り返し脅した。

イランが住民投票に反対した大きな理由は、独立を支持するイスラエルがイラク北部に足場を築くことを恐れたからだ。アラブ諸国とイスラエルの新たな同盟は、イランにとって、敵対勢力からの圧力や、安全保障と諜報活動に対する脆弱性を高めかねない。

2018年1月にイスラエルの諜報機関モサドが、テヘランの倉庫から重さ約500キロ分の極秘文書を盗み出すことに成功した。核開発に関するこれらの文書は、イランの諜報機関の推測によると、カスピ海を通り、イスラエルの重要な同盟国でイランの北に位置するアゼルバイジャンを経由して、テルアビブに空輸された。

イランの地域安全保障の緩衝地帯に入った亀裂はさらに、イランを経済的に窒息させるというトランプの「最大限の圧力」政策を、バラク・オバマ前政権の経済制裁より効果的かつ手痛いものにしている。アラブ、イスラエル、アメリカの協力関係が強化されることによって、イランが経済制裁を回避するために長く利用してきた抜け道を、アメリカは妨害しやすくなる。

アデン湾に「諜報基地」

アラブとイスラエルの同盟の強化は、中東全域におけるイランの戦略的奥行きを脅かす予兆でもある。トルコのメディア筋によると、UAEはイスラエルに対して、イエメンの南に位置し、UAEが支配下に置くソコトラ島に「諜報基地」の設置を認めている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国・百度のAIチャットボット「アーニー」、ユーザ

ビジネス

中国新築住宅価格、3月は前年比-2.2% 15年8

ワールド

米国防長官、中東の安定強調 イスラエルなどと電話協

ビジネス

中独は共通基盤模索すべき、習主席がショルツ首相に表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 5

    キャサリン妃は最高のお手本...すでに「完璧なカーテ…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 8

    イスラエル国民、初のイラン直接攻撃に動揺 戦火拡…

  • 9

    甲羅を背負ってるみたい...ロシア軍「カメ型」戦車が…

  • 10

    中国の「過剰生産」よりも「貯蓄志向」のほうが問題.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 4

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 5

    ドイツ空軍ユーロファイター、緊迫のバルト海でロシ…

  • 6

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 7

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 8

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 9

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 10

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中