最新記事

セレブ

コロナで学ぶ正しいセレブパワーの使い方

Unwelcome Celebs

2020年8月12日(水)16時15分
ロレーン・ヨーク(マクマスター大学教授)

ファウチへのインタビューが好評だったロバーツ #PASSTHEMIC/ONE/YOUTUBE

<世界的著名人が(たぶん)善意でやっているはずの行動がときに反感を買うのはなぜ?>

アメリカで1カ月以上にわたり展開されてきたキャンペーン「#パス・ザ・マイク(マイクを回そう)」が7月1日、大成功のうちに終了した。

これは、セレブが新型コロナウイルス感染症対策の最前線に立つ人に話を聞き、その様子をソーシャルメディアで流すというシンプルなもの。大量のフォロワーがいるセレブのプラットフォームを専門家に提供することで、新型コロナに関する正しい情報を広めようというわけだ。

リレー方式のキャンペーンのトップバッターに立ったのは、女優ジュリア・ロバーツ。話を聞いた専門家は、米政府のコロナ対策の中心人物の1人であるアンソニー・ファウチ国立アレルギー・感染症研究所所長だ。これは大きな話題となり、キャンペーンは好調なスタートを切った。

とはいえ、セレブは注目を浴びるのが大好きな人種だ。それだけに(おそらく)使命感に燃えてやったことが、大ひんしゅくを買うなど、裏目に出ることも少なくない。

全米の多くの都市で自宅待機命令が出た後の3月18日、女優ガル・ガドットはインスタグラムで、「今日で自己隔離6日目」と語るビデオを公開した。そして「ここ数日は、ちょっと哲学的になっている」とため息をつくと、突如ジョン・レノンの名曲「イマジン」を歌いだした。

驚きはそれだけではない。画面は次々と切り替わり、女優クリステン・ウィグ、俳優マーク・ラファロ、人気テレビ司会者ジミー・ファロンら多くのセレブ友達が自宅で「イマジン」を歌う姿が映し出された。ガドットの素朴な独白ビデオと思われたものは、実はばっちり編集されたミュージックビデオだったのだ。

ニューヨーク・タイムズ紙の音楽評論家ジョン・カラマニカは、このビデオを「自己満足の極致」と切り捨て、「音楽性もゼロ」と酷評した。その数日後には、歌手のマドンナが、花びらを散らしたバスタブの中から「コロナウイルスの前では誰もが同じ」と語り、世界の失笑を買った。

なぜ、セレブたちはこんな失態を犯すのか。あるメディアは、「もう1つのコロナ:自粛中のセレブのイタいビデオ」という記事を掲載した。

極端に演出された「普通」

セレブが「普通っぽさ」を強調するのは新しい現象ではない。ハリウッド黄金期の映画会社は、子役時代のジュディ・ガーランドが野球ファンであることに目を付け、「健康的な普通の女の子」のイメージを強調した。もちろんガーランドの子供時代が普通とも健康的とも程遠かったことは、今や誰もが知っている。

最近はソーシャルメディアの普及で、極端に演出された「素顔」がセレブの大きな魅力と見なされることも増えた。だが、普通っぽい素顔を演出する一方で、普通とは全く異なる生活ぶりが垣間見られる写真や動画は、セレブに難しいバランスを強いている。

間違いなく金持ちのセレブが、「所有物が一切ないことを想像してごらん」と歌っても、多くの人には利己的で偽善的に響くばかり。ガドットらの「イマジン」がむしろ反感を買ったのは、現実を分かっていないという印象を人々に与えてしまったからだ。

だが、社会的に大きな事件が起きたとき、使命感に駆られたセレブの行動に厳しい目が向けられるのは、これが初めてではない。

20年前の「イマジン」

2001年9月11日の米同時多発テロ後、俳優ジョージ・クルーニーは、危険を顧みずに救援活動に従事した消防隊員や警察官をたたえ、彼らや事件の遺族を支えるチャリティーコンサート『アメリカ:ア・トリビュート・トゥ・ヒーローズ』を企画した。

コンサートは多くのテレビ局で生中継され、有名ミュージシャンが1曲歌っては、事件現場やハイジャック機内で展開された勇敢な行為を紹介するという体裁が取られた。このとき俳優トム・ハンクスは次のように語っている。

「あの日以来、あらゆる年齢、人種、信条の人が『自分には何ができるだろう』と考えてきた。私たちは英雄ではなく、アーティストにすぎないが、このコンサートに出演することで本物の英雄たちをたたえ、結束を示し、遺族がサポートを受けられるように、できるだけのことをしたいと思う」

maglifestyle200812_Tom.jpg

米同時多発テロ後のコンサートに出演したハンクス KMAZUR-WIREIMAGE/GETTY IMAGES

これは、セレブが自らのスターパワーを利用して、別の人物や物事に注目が集まるようにした好例と言える。

実はこのコンサートでは、カナダ出身の歌手であるニール・ヤングが「イマジン」を歌っている。だが、このときは不適切だとか、偽善的だという批判の声は上がらなかった。なぜなのか。

確かに米同時多発テロも現在のコロナ禍も、全米に大きな衝撃を与えた。だが新型コロナでは低所得層や黒人に、不平等と言えるほど多くの感染者と死者が出ていることが分かっている。

だからガドットやマドンナが、「新型コロナはあらゆる人を同じように襲う。だからみんなで一緒に立ち向かおう」と言ったところで、人々の心に響かないのだ。

では、ロバーツと「#パス・ザ・マイク」はどうなのか。セレブが過度に普通ぶらずに、そのスターパワーを誰かと共有すると、セレブ自身の価値が高まる。(一見したところ)脇役に徹することで、セレブは主人公に戻る力があることを見せつけるのだ。

本人たちは軽い気持ちだったのかもしれないが、このような非常時の大衆の反応を、セレブは真剣に受け止めたほうがいい。そこには、大衆が平等や社会全体の幸福についてどう考えているかを教えてくれる、多くのヒントが詰まっているのだから。

The Conversation

Lorraine York, Distinguished University Professor, Department of English and Cultural Studies, McMaster University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<2020年8月11日/18日号掲載>

2020081118issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
楽天ブックスに飛びます

2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ボルトン元米大統領補佐官、無罪を主張 機密情報持ち

ビジネス

ユーロ圏インフレリスクの幅狭まる、中銀の独立性不可

ワールド

ハマス、次段階の推進を仲介者に要請 検問所再開や支

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 9
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 10
    男の子たちが「危ない遊び」を...シャワー中に外から…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中