最新記事

事件

インドネシアTV局員死亡事件 他殺から一転自殺と判断した警察発表に深まる謎

2020年7月27日(月)16時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

遺体隠した葉、殴打痕への説明なし

マスコミの間では事件発生直後からヨディ氏の財布や現金、携帯電話など所持品が一切奪われていなかったことから「物取りの犯行」は除外され、ヘルメットをかぶったまま首や胸を刺されていることから激しい怨恨に基づく殺人事件として顔見知りの犯行説が浮上していた。そして事件直後から警察が重点的に事情聴取をしていた29人の関係者の中に重要参考人が含まれているとの見方が強まっていたことも事実だ。

さらにヨディ氏の遺体が発見された時に遺体の上には大きなバナナの葉が2枚、遺体を隠すように置かれていたこと、さらに警察の解剖所見で刃物による刺し傷以外に殴られた痕とみられる箇所が複数あったことなど警察が「他殺説」を当初とった理由に関する合理的説明もなされないままの「自殺説」という結論に対して疑問の声がでる事態となっている。

腐敗体質が依然として残る警察組織が有力な容疑者を隠蔽したりすることはいくら何でもありえないだろう、という見方は強い。そうなると「自殺説への変更」の背景として「捜査が完全に行き詰まりお手上げ状態になったものの世間の注目が高く、何らかの捜査結果を出さなくてはならない」という状況から導き出されたのが「自殺説」との分析が浮上している。

つまり初動捜査段階から警察はミスを重ねて、当初自信をもって主張していた「他殺説」の立証が極めて困難な局面に陥ったという見方である。

それを裏付けるという訳ではないものの、会見で「自殺の可能性が極めて高い」と結論を出した犯罪捜査課のトゥバグス課長は「もし別の情報や証拠があるならば、我々はそうしたあらゆる可能性のためにドアは常に開けてある」とも会見で述べているのだ。

これは警察としては現時点では最善の捜査を尽くたが、見落としている点や未知の情報、証拠があるならばいつでも捜査をするという釈明、言い訳といえないだろうか。

ヨディ氏の父親は25日、テレビ局の取材に対して「警察の自殺という結果には全く満足していない。いつもと変わったところがなかった息子が自殺するなどあり得ないと確信している」と述べて、警察の捜査結果に対して疑問を露わにしている。

インドネシア警察が自らその能力不足を認めているようにも聞こえる発言に対してヨディ氏の家族や恋人、知人からも納得する声は聞こえてこない。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【関連記事】
・コロナ危機で、日本企業の意外な「打たれ強さ」が見えてきた
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・がんを発症の4年前に発見する血液検査
・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然


20200804issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米人員削減、11月は前月比53%減 新規採用は低迷

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始 27

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 8
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 9
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 10
    白血病細胞だけを狙い撃ち、殺傷力は2万倍...常識破…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中