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「しつけか虐待か?」が不毛な議論である理由

2020年4月3日(金)17時00分
印南敦史(作家、書評家)

ここではその中から、松戸市立総合医療センター小児科医長の小橋孝介氏の考察に焦点を当てたい。氏は国保松戸市立病院で、2009年に院内虐待対応チームの立ち上げに関わったという人物である。

注目すべきは、虐待関連の報道でよく引き合いに出される「しつけか虐待か」という問題に踏み込んでいる点だ。子ども虐待を語るにあたっては、「しつけと子ども虐待はなにが違うのか」をまずはっきりさせる必要があると主張しているのだ。


子ども虐待の定義について、厚生労働省が作成する「子ども虐待対応の手引き」(平成25年8月改正)の中では「保護者の意図の如何によらず、子どもの立場から、子どもの安全と健全な育成が図られているかどうかに着目して判断すべきである」ことが明確にされています。子ども虐待を大人の立場から考えるのではなく、「子どもにとってその行為がどうなのか」という視点、子どもの立場から子どもを中心に考える「チャイルド・ファースト」という視点が大切なのです。(107ページより)

つまり、この視点に基づいて考えれば、「しつけか虐待か?」という議論自体が不毛で、成り立たないことが分かる。しつけとはあくまで大人の論理でしかなく、しかも虐待においてはそれが言い訳の材料になってしまっているわけだ。

どう考えてもフェアではないし、「チャイルド・ファースト」という視点から考えれば、しつけという名のもとに行われる行為だったとしても、子どもに対するいかなる暴力も虐待にほかならないということだ。


世界的に見ると、子どもに対する暴力を法律で禁止する国が増えています。1979年のスウェーデンをはじめとして、北欧諸国、ドイツ、スペインなど、2019年7月の段階で56か国において体罰禁止法が制定されています。国際連合も持続可能な世界を実現するために2030年までに達成すべき国際目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の「目標16 平和と公正をすべての人に」の中で、「子どもに対する虐待・搾取・人身売買およびあらゆる形態の暴力および拷問を撲滅する」ことを掲げています。(107〜108ページより)

そして日本はこの分野における草分けとして、子どもに対するあらゆる暴力をなくすという目標達成を牽引する立場にあるのだそうだ(日本は「子どもに対する暴力撤廃のためのグローバル・パートナーシップ」にpathfinding countryとして参加している)。

ところがそうでありながら、国連子どもの権利委員会から、1994年に批准した子どもの権利条約の実施状況に関して度重なる勧告を受けているという。まずは国内の現状を改善することが、強く求められているわけである。

【参考記事】「虐待が脳を変えてしまう」脳科学者からの目を背けたくなるメッセージ

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