最新記事

ウイルス

新型コロナウイルスは、長年にわたるヒト-ヒト感染で進化した可能性がある

2020年4月1日(水)17時45分
松岡由希子

「新型コロナウイルスは自然起源である」fotomay-iStock

<新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、「人為的に作製されたものではないか」などの噂も広がったが、米スクリプス研究所は、新型コロナウイルスの遺伝子配列データを解析した......>

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、起源や分子構造など、その多くがまだ解明されていない未知のウイルスだ。それゆえ「人為的に作製されたものではないか」との科学的根拠に乏しい噂もまことしやかに広まってきた。

米コロラド州立大学のチャールズ・キャリッシャー教授らの国際研究チームは、2020年2月19日、医学雑誌「ランセット」において、このような「陰謀論」を強く非難する声明を発表している。

「人為的な遺伝子改変によるものではない」

米スクリプス研究所らの共同研究チームは、新型コロナウイルスの遺伝子配列データを解析し、3月17日、「新型コロナウイルスが人為的に作製されたことを示す証拠は認められなかった」との研究論文を学術雑誌「ネイチャーメディシン」で発表した。

研究チームは、新型コロナウイルスがヒトの宿主細胞に侵入するために不可欠な「スパイクタンパク質」について解析。とりわけ、宿主細胞に取りつくフックのような役割を担う「受容体結合ドメイン(RBD)」と、宿主細胞を破ってウイルスを侵入させる「切断部位」という、スパイクタンパク質の2つの機能に着目した。

その結果、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の受容体結合ドメインは、ヒトの宿主細胞の外にある「ACE2受容体」を効果的に標的とするよう進化し、ヒトの宿主細胞と結合しやすくなっていることがわかった。このような結果をふまえ、研究チームでは、「新型コロナウイルスは、人為的な遺伝子改変によるものではなく、自然淘汰によるものだ」と結論づけている。

また、新型コロナウイルスの全体的な分子構造からも、この結論が裏付けられている。もし、新型コロナウイルスが人為的に作製されたものであるとしたら、既知の病原性ウイルスの分子構造をベースに作製するはずだ。しかしながら、一連の解析結果によると、新型コロナウイルスの分子構造は、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)やMERSコロナウイルス(MERS-CoV)といった既知のコロナウイルスとは明らかに異なり、むしろコウモリやセンザンコウにみられるウイルスと似ていたという。

ヒトとコウモリとの間に中間宿主が関与している?

それでは、新型コロナウイルスはどこからやってきたのだろうか。研究チームでは、2つの可能性を指摘している。

まずは、新型コロナウイルスが、ヒト以外の宿主で自然淘汰を通じ、現在の病原性を獲得するまで進化したという可能性だ。ハクビシンに直接接触してヒトに感染したSARSコロナウイルスや、ラクダと接触してヒトが感染したMERSコロナウイルスでは、このような経路から感染が広がった。

研究チームでは、新型コロナウイルスがコウモリのコロナウイルスとよく似ていることから、コウモリが感染源である可能性が高いとみているが、コウモリからヒトへの感染は確認されていないため、ヒトとコウモリとの間に中間宿主が関与している可能性もある。

ヒト-ヒト感染で現在の病原性まで進化したという可能性も

一方、新型コロナウイルスが病原性のない状態でヒト以外の宿主からヒトに移り、数年から数十年にわたるヒト-ヒト感染により現在の病原性まで段階的に進化したという可能性も否定できない。新型コロナウイルスの受容体結合ドメインは、センザンコウの複数のコロナウイルスともよく似ている。センザンコウのコロナウイルスが直接、もしくはハクビシンやフェレットなどの中間宿主を介し、ヒトに感染したとも考えられる。

新型コロナウイルスの起源についてはまだ十分に解明されていないものの、科学的なアプローチから、自然起源であることは示された。医学研究を支援する英国の公益信託団体「ウェルカム・トラスト」の疫学者ジョジー・ゴールディング博士は、一連の研究成果について「新型コロナウイルスの起源について広まっている噂に対し、証拠に基づく見解を示すものだ」と評価している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、プーチン氏と近く協議へ

ビジネス

カナダ貿易収支、7月は赤字縮小 対米輸出増加で

ビジネス

7月実質消費支出は前年比+1.4%(ロイター予測:

ワールド

トランプ政権、原発建設支援に積極的 米企業に有利=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中