最新記事

東南アジア

インドネシア、新型コロナウイルスの影でパプア独立武装組織と交戦 女性ら4人死亡

2020年3月17日(火)20時40分
大塚智彦(PanAsiaNews)

新たな州分割で治安強化も狙う

新法の制定作業と同時にインドネシア政府部内では現在のパプア地方の2州をさらに分割、新たに2州を創設してパプア地方を4州体制とする案が出ている。これはパプア州の中央山間部でOPMなどの武装勢力の活動が活発とされる地域を「プグヌカン・トゥンガ・パプア州」とし、南部の鉱山など天然資源が豊かな地域を「南パプア州」として新たに分割するというものだ。

分割案は主に国軍や国家警察出身の閣僚や治安組織関係者が唱えているもので、分割して新州を創設することで、新たな現地治安部隊の創設が可能となり警戒監視が重層的となることに加えて武装勢力の分断も図れるとしている。先のティト・カルナファン内相は昨年10月の第2期ジョコ・ウィドド内閣で内相に抜擢されたが、直前までは国家警察長官の要職にあり、かつては2年間パプア地方の警察長官を務めたこともある人物だ。

ただこうした州の分割に関しては、かつて「イリアンジャヤ州」一つだった地方政府が2003年に「2分割」されて「パプア州」と「西パプア州」となった際も地元パプア人組織やコミュニティーの意思が反映された訳ではなかった。こうした経緯から今回の「4州案」に対する地元パプア人の抵抗も根強く、実現の見通しは現時点では難しいとみられている。

問われる大統領の手腕

ジョコ・ウィドド大統領は軍歴もなく、家具職人の出身という庶民派大統領だけにパプア問題では治安部隊によるパプア人への人権侵害などで心を痛めるなど極めて同情的とされている。しかしジョコ・ウィドド内閣には国軍幹部や国家警察長官出身の閣僚が複数おり、パプア問題では強硬論を展開しているという事実もある。

3月14日にはブディ・カルヤ運輸相の新型コロナウイルスへの感染が確認され、大統領以下閣僚が慌てて軍病院で感染の有無を検査するなど、インドネシアは現在、拡大する新型コロナウイルス感染への対応で手一杯の状況である。

しかしそんな状況下でも首都ジャカルタから遥かに離れたパプアでは、治安部隊と独立組織の衝突が起き、現地パプア人への人権侵害事件の頻発が懸念され、政府部内では新法制定への動きと同時に治安部隊増強の可能性も高まっている。

官民を挙げて懸命に感染拡大防止に務めながらも、同時にパプア問題にどう取り組むのか、ジョコ・ウィドド大統領の手腕が問われている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



20200324issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国大豆輸入、11月は3カ月連続で米国産ゼロ 南米

ワールド

米英首脳、ウクライナ和平巡り協議 「有志国連合」の

ワールド

米政権、薬価引き下げでさらに9社と合意 17社中1

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、円安や米国株高で 5万円
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 7
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中