最新記事

BOOKS

救急車を呼んでも来ない──医療崩壊の実態とそれを推進する「働き方改革」

2019年12月19日(木)17時05分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<「高齢者を断り、助けるべき命に医療資源を注ぎたいと考える時がある」と、ある医師は言う。いま日本の救急医療が危機に瀕しており、全国に広がりそうな気配を見せている>


 猛烈に頭が痛い、胸が苦しい、ひどい火傷をした、事故にあった、家族が友人が同僚が目の前で突然倒れた。あなたはそのような緊急事態に遭遇したら、どうするだろうか。
 119番にコール――そう、救急車を呼びたいと考えるだろう。
 日本では119番を回せば、日本全国どこにいても、救急車による救急搬送サービスを受けることができる。二十四時間三百六十五日、救急車は要請があれば現場に駆けつけ、傷病者に適切な処置を行いながら、救急医療機関へと運ぶ。
 しかし今、日本のこうした救急医療が危機に瀕しているのだ。(12ページより)

『救急車が来なくなる日――医療崩壊と再生への道』(笹井恵里子・著、NHK出版新書)は、このように始まる。いったい、何が起きているのか?

一刻を争う事態で119番にかけたとしても、救急車がなかなか来てくれない。来たとしても、救急患者を診ることのできる医師が少ないため、万全の治療を受けられない。

地域によってはそんな状況が現実のものになっており、それがやがて全国に広がりそうな気配を見せているというのだ。本書ではそんな救急医療崩壊の実態を、ジャーナリストである著者が丹念に取材し、再生への道を探っている。

現在、救急搬送が増加している。その原因は、社会の高齢化だ。30年前の救命搬送では働き盛りの50代、事故や自殺が多い20代の患者が圧倒的に多かったが、いま救命搬送を受診する患者の大半は70代、80代なのである。

歳をとるほど病気を発症する確率は高くなるので、高齢化に伴って救急の事態に遭遇する率が上がるのは当然だと言える。そのため救命救急の現場では、団塊の世代(1947〜49年生まれ)がすべて75歳以上になる2025年に危機感を抱いているのだそうだ。

いずれにしても、救命救急センターが高齢者で一杯になれば、現場のスタッフは高齢者治療に追われることになるだろう。しかしそれは、若い人の突然の病気に対応できなくなることをも意味する。

だが、いつまでもそんな状態を続けていくわけにもいかないだろう。そこで救急医療の現場では、重症度や緊急性が重視されるようになり、「年齢」や「生活の自立度」が考慮されなくなったのだという。


 ある医師は、自分たちのなかで「年齢」によって救急患者の受け入れ可否を考えている部分がある、と暗い胸のうちを吐露する。
「われわれも絶対に救いたい、助けたいと思う命がある。その命を救うためには、ベッドに余力がなくてはいけません。だから高齢者を断り、助けるべき命に医療資源を注ぎたいと考える時があります」(25〜26ページより)

助けるべき命があるということは、裏を返せば「助からなくてもいい命」があるということだ。いや、「助からなくても仕方がない命」と言うべきかもしれない。しかしどうであれ、医師を責める理由にはならない。ただ、「そうせざるを得ない現実」がそこにあるということだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

元、対通貨バスケットで4年半ぶり安値 基準値は11

ビジネス

大企業の業況感は小動き、米関税の影響限定的=6月日

ワールド

NZ企業信頼感、第2四半期は改善 需要状況に格差=

ビジネス

米ホーム・デポ、特殊建材卸売りのGMSを43億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中