最新記事

アフガニスタン

「平和は目的でなく、結果でしかない」──21世紀に生きる私たちへの中村哲医師のメッセージ

2019年12月13日(金)17時30分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学教授)

アフガニスタンの首都カブールで中村哲氏の死を悼む男性 Omar Sobhani-REUTERS

<アフガニスタンのイスラム教徒のために命がけで活動してくれた中村哲医師の言葉を今こそ心に刻みたい>

誠に悲痛な出来事である。アフガニスタンで活動する中村哲さんの訃報が伝えられて、何だか悲しくて悔しくてたまらない。同時に、同胞であるイスラム教徒のアフガニスタン人や、困窮を強いられている人々のために何もしてやれなかった自分が恥ずかしくて情けない。理屈ではなく義理と人情の人だった中村医師。見知らぬ土地や人々のために命がけで人生を捧げてきた中村先生のまっすぐな生き様と、その姿は眩しいほど神々しい。

「そこに住んでいる人たちと良い信頼関係があること。これが武器よりも一番大切なことだと思うんですよね」と語っていた中村医師。暴力や衝突などが絶えないこの世の中でも、絆や信頼関係が築く小さな平和を噛みしめ、その意味について問い続けていた。そして、その答えに出会った場所は意外にも世界に見捨てられたアフガンの地だった。

1986年から中村医師は、医師がいないアフガニスタンの山岳部で医療支援の活動を始めた。当時や、多くの地域では今も汚れた水しか飲むことができないアフガニスタン人のために「薬よりきれいな水を」と、井戸掘りや灌漑用水路の建設の支援事業に取り組んだ。

中村医師が取り組んだ灌漑用水路建設のおかげで、アフガンの荒れ果てた大地に少しずつ緑が戻ってきた。その上で、1万6500ヘクタールの土地に水を送り、およそ65万人分の食糧を確保することが可能となった。「生きる条件を整えることこそ、医師の務め」との信念を貫いた。

中村医師は、国際社会が強いるさまざまな形のダブルスタンダード(二重規範)を常に非難していた。2001年9月の同時多発テロを受けて、アメリカは10月にアフガニスタンに対して空爆を行った。そのときも中村医師は、超大国アメリカの武力による解決を批判した。アフガニスタンへの自衛隊派遣に対しても「有害無益」だとして批判的な考えだった。

中村医師が語る言葉とその行動に、私はなぜか「品格」という言葉を良く連想する。十数年も前に話題を呼んだ本「国家の品格」ならぬ人間の品格だ。そのためか、自分を含む多くのイスラム教徒は中村先生が語る奥深い言葉と行動に「真のイスラム教の理想郷」を感じるのである。平等や助け合いの精神、偽りなく生きることこそイスラムの根幹をなす教えとその思想であるが、中村先生はそれを体現していたように思えてならない。彼の生き様はまさにイスラム教が理想とするそのものだったと、多くのイスラム教徒は賞賛する。

アフガンの人々のために尽くした中村先生は、奥深い数々の言葉を残している。心に残るものを一つ選べと言われたら、これを挙げたい。

「みんなが泣いたり困っているのを見れば、誰だって『どうしたんですか』って言いたくなる。そういう人情に近いもんです」

「ちょっと悪いことをした人がいても、それを罰しては駄目。それを見逃して、信じる。罰する以外の解決方法があると考え抜いて、諦めないことが大切。決めつけない『素直な心』を持とう」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中