最新記事

北朝鮮

台風の現場で労働者を殺した「金正恩命令」の矛盾点

2019年10月17日(木)15時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

東部・元山でリゾート施設建設の指揮にあたる金正恩(昨年10月) KCNA-REUTERS

<北朝鮮当局の受刑者に対する人権侵害の酷さに改めて驚かざるを得ない>

北朝鮮当局が進めている元山(ウォンサン)―咸興(ハムン)高速道路の建設現場で多くの人命被害が発生していと、韓国のリバティ・コリア・ポスト(LKP)が伝えた。建設現場には刑犯罪者が送られる「労働鍛練隊」の受刑者が大量に動員されており、今年7~9月の3カ月だけで31人が犠牲になったという。

LKPに情報提供した北朝鮮国内の消息筋は「この数字は高速道路建設に動員された労働鍛練隊だけのもので、軍や道の都市建設事業所から動員された人々の犠牲者数も加えると、はるかに多い」と語っている。

参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

死因としては、事故と栄養失調が多いという。

LKPの消息筋は、「犠牲者のうち7人は、台風18号(レンレン)が襲来した最中で作業に動員され事故死した」と伝えている。だが、「レンレン」の名称が与えられたのは、9月上旬に北朝鮮を襲った台風13号だ。一方、台風18号の名称は「ミートク」で、今月2日の午後9時過ぎ、韓国南西部に上陸し、南部内陸を縦断して翌朝6時に日本海に向けた。

時期的な面などから見て、LKPの消息筋が言及したのは台風13号の方だろう。

それにしても、仮にLKPの報道が正しいとすれば、北朝鮮当局による受刑者に対する人権侵害の酷さに改めて驚かざるを得ない。

北朝鮮の朝鮮労働党中央軍事委員会は台風13号の上陸を目前に控えた9月6日午前、非常拡大会議を緊急招集し、国家的な非常災害防止対策を討議。この場で金正恩氏党委員長は、「自然災害によって招かれる破局的な結果を最小限に食い止めて人民の生命・財産と安全を徹底的に守り、国の天然資源と革命の獲得物を守るための緊急対策が必要である」と述べている。

北朝鮮において最高指導者の指示は、どんな法律にも優先して守られるべきものとされている。ということは、彼が「人民の生命」を守れと命じた以上、そのための対策は徹底されねばならず、台風の中で労働者を建設現場に投入するなど考えらえないことだ。

ただ、金正恩氏は「革命の獲得物(成果)」も守るよう指示している。つまり北朝鮮当局は、高速道路の建設計画がダメージを受けないよう、危険を知りつつ敢えて「罪人」たちを台風で荒れ狂う建設現場に投入したのではなかろうか。核実験場での作業に政治犯収容所の受刑者たちが動員されているとの情報を踏まえると、このように考えざるを得ない。

金正恩氏は時々、人命尊重を心がけているかのような行動を取る。台風に備えて対策会議を開き、その事実を公開するやり方も祖父や父の代では見られなかったものだ。

参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動...北朝鮮「マンション崩壊」事故

しかし北朝鮮の体制は、人民の命を犠牲にしてでも、いわゆる「革命」を守るべきとする体質が根深い。金正恩氏が本当に人命を尊重しているなら、人命が「最優先」であることを明らかにし、「革命の獲得物」をそこに従属させるよう命じるべきなのだ。それが無い限り、金正恩氏の言う人命尊重には、深刻な矛盾がつきまとうのである。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ドイツの財務相と中銀総裁、メルツ首相の単一欧州証取

ビジネス

物価目標はおおむね達成、追加利上げへ「機熟した」=

ビジネス

ユーロ圏、底堅いが再生へ断固とした政策転換必要=フ

ビジネス

仏ケリング、美容品事業をロレアルに46.6億ドルで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「実は避けるべき」一品とは?
  • 4
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 7
    自重筋トレの王者「マッスルアップ」とは?...瞬発力…
  • 8
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中