最新記事

追悼

「共感の男」だったジャック・シラク元仏大統領から学ぶべきこと

2019年9月30日(月)16時25分
ロバート・ザレッキー(米ヒューストン大学教授)

スキャンダルこそあったが、晩年は国民の評価も高まっていた CHARLES PLATIAU-REUTERS

<1995~2007年の12年間にわたり大統領を務めた男は、欠点も多かったが、優しさと思いやりという美点も持っていた。9月26日、86歳で世を去った>

シャルル・ドゴール、フランソワ・ミッテラン、シモーヌ・ベイユといったフランスの政治指導者たちは、没後も偉大な政治家としてたたえられている。

それに対し、9月26日に86歳で世を去ったジャック・シラクは、偉大な政治家とは呼ばれてこなかった。首相やパリ市長を歴任した後、1995~2007年の12年間にわたり大統領を務めたシラクの死を受けて、多くの追悼コメントが発表されたが、彼を「偉大な男」と呼んだものはほとんどない。

それでも、党派を問わずフランスの識者の認識がおおむね一致しているように見えるのは、シラクが「共感の男」だったという点だ。偉大な人物ではなかったかもしれないが、温和で概して親切な人物だった。

シラクが偉大な振る舞いを見せたときもあった。1995年5月の大統領選で当選して程なく、ベロドローム・ディベール事件の53周年に当たり演説を行った。これは、第二次大戦中の1942年にナチス・ドイツの占領下にあったパリで、フランス警察が1万人以上のユダヤ人を拘束して東欧の収容所に送った事件だ。

ドゴールからミッテランまで歴代大統領は全て、この戦時中の行為はあくまでも一部のフランス人によるものという立場を取っていた。この日、シラクはそうした空虚な主張に終止符を打った。「啓蒙思想と人権思想の母国フランスは......このとき取り返しのつかない行為に手を染めた......本当なら守るべき人たちを処刑人に引き渡してしまった」

この演説でシラクは、再び「憎悪の精神」と「人種差別的犯罪」が頭をもたげつつあることにも警鐘を鳴らしていた。

イラク戦争に異を唱えた

2002年の環境・開発サミットでは、地球温暖化対策の遅れを糾弾した。「自然が破壊されて乱用されているのに......私たちはその事実を認めようとしない。自分の家が燃えているのに、よそ見をしている」

2003年、イラク戦争の開戦が近づいていたときには、ブッシュ米政権に正面切って異を唱えた。米主導の戦争に参加しないと表明しただけでなく、イラク攻撃が中東と世界に壊滅的な打撃をもたらすと警告したのである。

一方、フランス国民はシラクの輝かしくない側面もたくさん見てきた。1995年の大統領選では経済格差の是正を訴えて当選したのに、就任早々に大々的な歳出削減と福祉改革に踏み切ろうとした(結局、大規模なデモにより方針撤回に追い込まれた)。2011年には、パリ市長時代の金銭スキャンダルで執行猶予付きの有罪判決も受けている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中