最新記事

遺伝子

繁殖を止めるために遺伝子組み換えされた蚊、自然界に放たれ裏目の結果に

2019年9月19日(木)19時10分
松岡由希子

遺伝子組み換え蚊が注目されている RolfAasa-iStock

<殺虫剤に代わる蚊の防除手段として、遺伝子組み換え蚊が注目されているが、成体になるまでに死亡するはずの遺伝子組み換え蚊が予想外の実験結果になっている......>

蚊は、私たち人類にとって最も有害な害虫である。マラリアや黄熱、デング熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎、チクングニア熱などを媒介することで知られ、世界保健機関(WHO)によると、2017年3月時点で、これらの蚊媒介感染症により年間およそ45万人が死亡している。蚊は主に熱帯、亜熱帯地域で生息するが、地球温暖化に伴って蚊の生息域が拡大しつつあり、蚊媒介感染症の伝播リスクも広がっている。

遺伝子に影響を与えず、個体数を減少できる、という狙い

近年、殺虫剤に代わる蚊の防除手段として、遺伝子組み換え蚊が注目されている。英バイオテクノロジー企業のオキシテックでは、黄熱、デング熱、ジカウイルス感染症、チクングニア熱を媒介するネッタイシマカの遺伝子を組み換え、優性致死遺伝子を持つ雄の蚊「OX513A」を作出した。

自然界のネッタイシマカの雌と「OX513A」との交尾により生まれてくる幼虫は、遺伝子操作によって生殖機能を持つ前に死亡するため、ネッタイシマカの遺伝子に影響を与えず、個体数を減少できるという。「OX513A」との交尾によって生まれた子どもが成虫まで生存する割合は、実験室条件下で3〜4%だ。

しかしこのほど、このような理論上のシナリオと異なる研究結果が明らかとなった。米イェール大学の研究チームが2019年9月10日にオープンアクセスジャーナル「サイエンティフィック・リポーツ」で公開した研究論文によると、「OX513A」を自然界に放った後、ネッタイシマカの個体数は一時的に減少したものの、18ヶ月後には個体数が回復し、「OX513A」の遺伝子を受け継いだ個体も確認されている。

研究論文の責任著者であるイェール大学のジェフリー・パウエル教授は、「遺伝子組み換えされた『OX513A』と自然界のネッタイシマカとの交配によるヒトへの健康リスクは確認されていない」と強調しながらも、「想定外の結果が示されたことは懸念すべきだ」と述べている。

成体になるまでに死亡するはずだったのだが......

研究チームでは、キューバのネッタイシマカをもとにメキシコの個体を交配させた「OX513A」を用い、ブラジル北東部バイーヤ州ジャコビナで、2013年6月から2015年9月までの27ヶ月間、毎週45万匹の「OX513A」を放つ実験を行った。ネッタイシマカの個体数は、当初減少したが、18ヶ月後には実験開始前の規模にまで回復したという。パウエル教授は「ネッタイシマカの雌が『OX513A』との交尾を避けるようになったためではないか」とみている。

研究チームは、実験開始から6ヶ月後、12ヶ月後、27〜30ヶ月後に、ネッタイシマカの遺伝子サンプルを解析し、「OX513A」の遺伝子が自然界のネッタイシマカに組み込まれていることも確認した。「OX513A」の遺伝子を受け継ぐネッタイシマカの割合は10%から60%とみられている。研究チームは「ジャコビナで生息するネッタイシマカにキューバとメキシコの個体から生まれた『OX513A』を交配させたことで、十分な生殖能力を持つ、より強健な個体が生まれた可能性がある」と指摘している。

オキシテックは、イェール大学が発表した研究論文に対して「誤解を招く表現や推測に基づく記述が見受けられる」とし、「サイエンティフィック・リポーツ」を出版するネイチャー・リサーチに抗議を申し入れている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米テスラ、カリフォルニア州で販売停止命令 執行は9

ワールド

カナダ、北極圏2カ所に領事館開設へ プレゼンス強化

ワールド

香港トップが習主席と会談、民主派メディア創業者の判

ワールド

今年のシンガポール成長予想、4.1%に上方修正=中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中