最新記事

インドネシア

野生動物の棲む静寂の森は喧騒の都市に インドネシア首都移転の波紋

2019年9月9日(月)16時34分

移転開始は2024年

名称未定の新首都予定地を発表したことで、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領はこれまでで最も首都移転の実現に近づいた。移転開始は2024年に決まった。

北プナジャム・パスール県知事のアブドゥル・ガフル・マスード氏は、「ありがたい。住民は喜んでいる」と話す。「この地域は開発が遅れているとみられてきた」

同氏の執務室にはお祝いの花が並び、街のムードと同じくらい華やいでいる。

住民の多くは学校がよくなり、道路が舗装され、清潔な上水道と安定した電力が整備されることを期待する。

一方で、投機に伴う地価上昇、外部からの求職者の流入、環境破壊への懸念も表面化している。

国民は、大規模な汚職が起きる可能性も懸念している。ブラジルのブラジリアからミャンマーのネピドーに至るまで、首都の新設には巨大な建設プロジェクトが付きものだ。

クタイ・カルタネガラ・イン・マルタディプラ首長領のアワン・ヤクブ・ルスマン長官は、「住民で急いで準備を整えなくてはいけない」と話す。彼にとって最大の懸念は人口の流入だ。

東カリマンタン州は、イスラム以外の宗教への寛容さだけでなく、外部の人々を暖かく迎え入れる文化を売り物にしている。実際、住民の多くは1970年代、炭鉱とパームオイル生産で知られる同地域に流入したジャワ系入植者の子孫だ。

とはいえ、今回予定されている首都移転は規模が違う。

土地投機への懸念

地元紙の「トリビューン・カルティム」によれば、移転予定地の発表以来、土地の売却希望価格は4倍に上昇したという。

しかし、不動産業界団体リアルエステート・インドネシアの現地代表を務めるバグス・スセトヨ氏によると、バリクパパン周辺は多くが公有地で、大手不動産会社は土地の取得を進めていないという。

土地価格の上昇で利益を得る者もいるだろうが、インドネシア国民の多くは、自分が暮らす土地を所有しているわけではない。

イパーさんもその1人だ。厄除けにココナツの若葉を編み込んだダイヤモンド型のお守り2つを身につける彼女は、すでに住む家を失う覚悟をしているという。

「ジョコウィ大統領、あなたはたった1平方メートルでも無料の土地を、あるいは無料の家を私に与えてくれるの」と、彼女は言う。

オランウータンの聖域

脅かされているのは人間だけではない。東カリマンタン州は、オランウータン、マレーグマ、テングザルが生息する森林で有名である。

ブロジョネゴロ国家開発企画庁長官によれば、保護林では建設事業は行われず、放棄された鉱山や違法なパームオイル生産プランテーションでは森林再生が計画されているという。

同氏は、中国の成都にあるジャイアントパンダ保護センターのように、オランウータン保護センターを建設することも提案している。

オランウータンの運命はインドネシアにとって特に重要な問題だ。プランテーションによる森林破壊を巡り、世界最大規模の同国パームオイル産業を批判している環境保護団体にとって、オランウータンは象徴的な存在になっているからである。

環境保護団体は、東カリマンタン州への首都移転による悪影響が生じないと確信するにはほど遠い状態だと話している。

クタイ・カルタネグラに拠点を置くボルネオ島オランウータン保護財団の幹部アルドリアント・プリアジャティ氏は、「新しい首都は生息地からかなり離れているかもしれない」と言う。

「だが、残念ながらジャカルタとまったく同じように、開発は至るところで行われることになるだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

Tabita Diela

[センボジャ(インドネシア) ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2019トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます



20190917issue_cover200.jpg
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。



ニューズウィーク日本版 台湾有事 そのとき世界は、日本は
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月26日号(8月19日発売)は「台湾有事 そのとき世界は、日本は」特集。中国の圧力とアメリカの「変心」に強まる台湾の危機感。東アジア最大のリスクを考える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中