最新記事

香港デモ

香港「逃亡犯条例」改正反対デモ──香港の「遺伝子改造」への抵抗

2019年8月23日(金)16時45分
倉田徹(立教大学教授)

自由を守る戦い 香港の地下鉄九龍駅で、さらなるデモへの参加を呼び掛ける若者(2019年8月21日) Ann Wang−REUTERS

<警官隊と衝突しても、中国に脅されても、何度でも立ち上がる若者たちのルーツと、彼らが直面する香港の悲劇>

刑事事件容疑者を香港から中国大陸・台湾・マカオにも引き渡すことを可能とする「逃亡犯条例」の改正をめぐり発生した、香港の抗議活動が止まらない。

6月9日の「103万人デモ」(主催者側発表)以来、毎週各地で大規模なデモ行進・集会が発生し、7月以降は警察との衝突による催涙弾の使用も半ば常態化した。8月5日にはゼネストが発動され、鉄道・バスの運休に加え、香港空港発着の200便以上が欠航となった。

逃亡犯条例の改正が2019年2月に政府から提案されたきっかけは、2018年2月に発生した、香港人の男が、交際中の女性を旅先の台湾で殺害し、香港に逃げ帰ったという事件である。

引き渡し制度の不在のため、犯人を殺人罪で裁けないという問題が生じ、それへの対応として、政府は条例改正を目指した。しかし、政治とは無関係のこの事件が、通常ならば香港全体を巻き込む大問題になるとは考えがたい。

なぜこれほどの抗議活動が生じたのか。それは「容疑者を大陸に引き渡す」ことが、様々な理由で、香港の特徴の根幹に触れ、そのあり方を根本から変える、言わば香港の「遺伝子改造」となると警戒されたためである。

190726_HK_airport_sit-in_protest.jpg

7月26日、香港国際空港での航空業界職員らによるデモ public domain


「逃亡犯」の街──引き渡しの恐怖

「103万人デモ」当日、香港紙『明報』はデモ参加者にアンケートを実施した。それによれば、彼らが条例改正に反対する理由のなかで、「自分・家族または友人が大陸に引き渡されると心配するから」とした者は56.2%にものぼった。

相当数の一般市民が、大陸への引き渡しを身に迫る危険と感じるのはなぜか。恐らくその背景には、そもそも香港そのものが「逃亡犯」の街であるという歴史がある。

第二次大戦後、中国では国共内戦から毛沢東の極端な社会主義独裁統治へと、政治・経済の混乱が頻発した。飢餓や迫害を免れるため、多くの難民が大陸から英領香港へと逃亡した。そうした難民と、その子孫が多数派を占めるのが今の香港である。

難民はもちろん生きるための選択であったが、見方によっては、祖国を捨てて植民地に身を投じた「逃亡犯」である。2012年には、北京大学の教授がテレビ出演の際、「多くの香港人は犬」と発言して大問題になった。ここでの「犬」は、「西洋人の走狗」という意味である。

こうした香港への冷たい見方は、近年経済面での「香港不要論」が勢いを得て、香港への憧れが減退している大陸で、強まっている。

「中国に送られる」こと、愛国心を基準に裁かれることは、香港人にとって悪夢である。かつて香港の親は子どもを叱る際、「悪い子は大陸に送るよ」と脅したともいう。実際、植民地期のイギリス香港政庁は、中国共産党寄りの活動家などを中国に追放するという「刑罰」を持っていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中