最新記事

生物

タコは地球上で出会えるエイリアン......脳を介さず8本の足が意思決定できる

2019年7月1日(月)17時30分
松岡由希子

触手と触手との間で情報をやりとりできる...... AGU-YouTube

<タコは脳からの命令なく意思決定できる「分散型」の神経系を有しているが、米ワシントン大学の研究者が、吸盤、触手、脳の間の情報の流れを観察し動画を撮影した......>

脊椎動物の神経系は、全身にある受容体が様々な刺激を受け取り、中枢神経系がこれらの情報を収集して分析し、脳が意思決定した上で身体の動きを制御する信号を送る「中央集権型」である。

一方、タコは、5億個の神経細胞(ニューロン)のうち3億5000万個以上が8本の触手にあり、脳からの命令なく意思決定できる「分散型」の神経系を有している。タコは脊椎動物と無脊椎動物が分岐した後、5億年ほど前に進化して生まれたことから、その神経系の構造は脊椎動物のものとは基本的に異なっている。

脳からの命令を待たずに、末梢神経系に行動を促している

米ワシントン大学の博士課程で行動脳科学を専攻するドミニク・シヴィティリ氏は、シアトルのピュージェット湾に生息するミズダコと太平洋アカダコを対象に、吸盤、触手、脳の間の情報の流れを観察し、その様子を撮影した動画を2019年6月25日、宇宙生物学に関する国際会議「アストロバイオロジー・サイエンス・カンファレンス」で公開した。

これらの動画では、吸盤が周囲から収集した情報に反応して周りの吸盤と協調しながら行動を起こし、触手が感覚情報や運動情報を処理したうえで、脳からの命令を待たずに、末梢神経系に行動を促していることがわかる。

太平洋アカダコの観察動画

シヴィティリ氏らの研究チームは、水槽に岩やレゴブロックなどの障害物を置き、餌を内部に隠した迷路をつくって、その中にタコを入れ、水槽の中で探索したり、餌を探したりする様子を観察した。カメラとコンピュータプログラムを使って触手の動きを定量化した結果、脳からの命令により複数の触手が同期して動く様子がとらえられた一方で、それぞれが独立した判断のもとに非同期的に動いている現象も認められた。

脳が気づかないうちに、触手と触手との間で情報をやりとりできる

シヴィティリ氏は「タコの触手には脳を迂回する神経網があるため、脳が気づかないうちに、触手と触手との間で情報をやりとりできる。触手がどこにあるのかを脳が正確に把握しないうちに、触手は互いの位置を把握し合い、触手の動きを調整することができるわけだ」と述べている。

シヴィティリ氏の指導教官でもあるワシントン大学のデビッド・ガイア准教授によれば、「海底で食物を探すといった複雑なタスクを実行するとき、分散型の神経系がどのような働きをしているのか」や「神経系のノードがどのようにつながっているのか」については、まだ十分に解明されていない。

地球上で我々が出会うことのできる<エイリアン>

シヴィティリ氏は、タコが有する分散型の神経系を「知能の代替的モデル」と称して「地球さらには宇宙における認知の多様性についての理解をすすめるものだ」と位置づけ、「タコは地球上で我々が出会うことのできる<エイリアン>なのかもしれない。タコの知覚プロセスを理解することは、近い将来、遭遇する可能性のある地球外知的生命体への備えにもなる」と主張している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

独製造業PMI、4月改定48.4 22年8月以来の

ビジネス

仏ラクタリスのフォンテラ資産買収計画、豪州が非公式

ワールド

ウクライナ南部ザポリージャで29人負傷、ロシア軍が

ビジネス

シェル、第1四半期は28%減益 予想は上回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中