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「地球平面説」が笑いごとではない理由

THE EARTH IS ROUND, BUT...

2019年7月3日(水)11時15分
リー・マッキンタイヤ(ボストン大学哲学・科学史センター研究員)

彼らを無視できない理由

手始めに壇上から降りてきた白衣姿の発表者に話し掛けた。どんな証拠があれば、地球は丸いと認めるか、と。

「確かな証拠だ」

確かな証拠とはどんな証拠かと聞くと、例えば自分がプレゼンで見せた写真だと言う。それはある「研究者」がミシガン湖上から撮った写真で、約96キロ離れたシカゴ都心の高層ビル群が写っていた。地球が丸いなら、ビルは水平線の向こうに隠れて見えないはずだ。

「ちょっと待って」と、私は言った。「あなたはNASAの写真はどれも加工されていると言いましたね。でも、この写真は加工されていないと?」

「そうだ。撮影者は私の知り合いだ。それに私も、都心から約74キロ離れたミシガン湖上に船で出て確かめてみた」

フラットアース論者も数学はできるらしい。彼のプレゼン中に急いで計算してみたが、ビルが見えなくなるには少なくとも約72キロ離れなければならない。とすれば、彼は正しい?

違う。「上位蜃気楼効果」という現象があるからだ。地表近くの気温が上空よりも低い気温の逆転現象があるときには遠くの物体の光が屈折し、水平線に隠れて見えないはずの物が見えることがある。そう言うと、彼は笑った。

「プレゼンでも論証したが、(上位蜃気楼なんて)でっち上げだよ」
「論証はしていなかった。ただ、信じないと言っただけでしょう」
「ああ、信じられないね」

彼のファンが私たちを取り囲み、彼は私との会話を切り上げようとした。だが、もう1つ聞きたいことがあった。

「じゃあ、なぜ160キロ先まで行かなかったのですか」
「えっ?」
「160キロ先ですよ。そこまで離れたら、蜃気楼も見えなくなるはずだ。それでも見えたら、あなたが正しいことを決定的に証明できる」
「船長がそこまで出たがらなかった」

今度は私が失笑する番だった。

「これを実証するために全てを懸けてきたあなたが、もう少しで決定的証拠が手に入るのに、諦めた、と?」

彼は首を振って、ほかの人と話をし始めた。

結局、私はこの会場で誰の考え方も変えることができなかった。それでも、私はある重要なことを実践した。対話を行ったのだ。

研究によると、データは人の考えを変えられない。人は、信頼できる人との対話を通じて考えを変える。私が信頼してもらえたと言うつもりはないが、時間を割いて多くの人と言葉を交わすことで、ある程度の信憑性を感じてもらえた自信はある。

科学否定論者を問答無用に切り捨てるのは賢明でない。それでは不信感が拡大し、ますます亀裂が深まるだけだ。科学者も一般の人たちも、もっと科学否定論者と対話したほうがいい。

科学否定論者は、放置するにはあまりに危険な存在だ。地球が平面だと主張する人たちは、一見すると人畜無害に思えるかもしれないが、新しいメンバーを引き込む方法を学ぶための研修会を開いたりもしている。

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