最新記事

米中貿易戦争

米中交渉決裂、追い込まれた習近平

Just Like Trump, Xi Can’t Afford to Cave

2019年5月16日(木)17時30分
ビル・パウエル(本誌シニアライター)

アメリカに屈したとみられては困るが、これ以上の追加関税も避けたい習 Kenzaburo Fukuhara/REUTERS

<再選に向け手柄を誇りたいトランプ。「弱腰」批判を避けつつ、経済の舵取りを迫られる習。意地の張り合いが危機を招く>

ドナルド・トランプ米大統領はご満悦だった。なにしろ「歴史的な取引」をまとめたのだ。2020年の大統領選挙を控え、この手柄は支持層を熱狂させるにちがいない。そう考えて、トランプはホワイトハウスに集まった記者団に宣言した。中国政府とここ数カ月続けてきた貿易交渉は95%合意にこぎつけた、と。

ところが土壇場でどんでん返しが起きた。

中国が一度合意した内容を白紙に戻したと、米側の交渉チームは言う。米側によれば、中国は知的財産権の保護や国有企業への補助金、強制的な技術移転などに関する法律を改正すると約束したが、そのことを合意文書に明記するよう要求すると、一転して突っぱねた、というのだ。これらはいずれもアメリカの対中要求の核心だ。

だが「支持層」受けを気にするのはトランプだけではない。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、中国共産党を通じて世論を統制し、批判を封殺できるが、世論の動向を気にしていないわけではない。その逆だ。中国政府が国営メディアでプロパガンダを流し、ソーシャルメディアを厳しく検閲して、世論操作に励んでいるのは、政権維持のためにはなんとしても世論を味方につけておかなくてはならないからだ。

メンツは譲れない

中国政府は交渉の詳細についてコメントしていないが、法改正の明記がネックになったという米側の説明が本当であれば、交渉が決裂したのは当然だと、中国の学者や元政府高官は口をそろえる。

「中国の指導者が、そんな文言を盛り込むことを認めるわけがない」と、上海の復旦大学の政治学者・沈丁立(シエン・ディンリー)は言う。

実際、中国側がいったんは法改正に同意したという米側の説明にも、中国国内では疑問の声が広がっている。というのも、どんなレベルであれ、自国の官僚が外国政府の要求に応じて、法律を書き換える約束をすることなど、中国人には考えられないからだ。19世紀半ばのアヘン戦争から、20世紀に領土の一部が日本の統治下に置かれた時期まで、中国は外国による征服と植民地化という屈辱の歴史に耐えてきた。

米中双方の歴史家は、五四運動100周年記念日の数日後に米中貿易交渉が決裂したことを歴史の皮肉とみている。100年前の5月4日、多数の学生たちが北京の天安門広場に集結した。第一次大戦の戦後処理で、日本が中国山東省のドイツの権益を獲得することを認めたベルサイユ条約に抗議するためだ。この時のデモ参加者の一部が中国共産党を創設した(70年後の1989年にも4月から5月にかけて、民主化を求める学生たちが天安門広場に集結し、デモ鎮圧のため6月4日に戦車隊が広場に突入、多数の死傷者が出る悲劇が起きた)。

こうした経緯があるため、中国の指導者が外国の要求に従うような姿勢をほんの少しでも見せることは、政治的な自殺行為になる。中国政府がアメリカに言われて法改正を約束し、しかも、それをアメリカが世界に大々的に発表できるよう明文化するのを認める、などということは「まず考えられない」と、中国の元外務官僚は言う。習の経済顧問で、中国側交渉チームを率いる劉鶴(リウ・ホー)副首相も同意見だろうし、習主席もそう思っているはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同

ワールド

ウクライナ大統領18日訪米へ、うまくいけばプーチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中