最新記事

日本社会

この春の新社会人は、平成の乱気流を通り抜けてきた21世紀人

2019年4月10日(水)17時30分
舞田敏彦(教育社会学者)

平成不況はいよいよ深刻化し、97年には大手の山一證券が倒産、翌年に年間自殺者が3万人の大台に乗った。学生の就職率はどん底で、若者の自立も困難になった。学校卒業後も実家暮らしを続ける「パラサイト・シングル」が注目され出したのもこの頃だ。筆者の世代(緑色)は、大学を出た時がこうした暗黒期と重なった「ツイテない」世代、人呼んで「ロスト・ジェネレーション」だ。

現在、この世代は40代になっているが、新卒時に正規就職から外れ、非正規雇用に滞留している人も数多い。平成初期の同年代に比べて所得も減っている。1992年では40代前半男性の所得中央値は524万円だったが、2017年では472万円だ(総務省『就業構造基本調査』)。<図2>の都道府県地図によると、全国的にアラフォーの稼ぎが目減りしていることが分かる。

datanews190410-chart02.jpg

ロスジェネの苦境の可視化だ。この世代が高齢期に達した時、どういう事態になるか。令和の時代へと受け継がれる、平成最大の負の遺産と言えるのではないか。人手不足の解消にあたっては、この世代にも目を向ける必要がある。今月、経済財政諮問会議の民間議員が、就職氷河期世代に3年程度の集中支援策を行うべきという提言をちょうどまとめたところだ。

前世紀の末は、「キレる子ども」というフレーズも飛び交った。栃木県の中学校で、生徒が女性教師をナイフで刺殺する事件が起きたのは98年。当時の文部大臣は「ナイフを持つのは止めよう」と呼び掛けていた。<図1>のジェネレーショングラムによると、この時期に思春期だったのは平成の初頭に生まれた世代だ(青色)。多感なステージが社会の暗黒期、ネットの勃興による激変期だったことも影響したかもしれない。

この春に社会人になったのは、こうした大変な時期に生まれた世代だ(赤色)。乳幼児期の時代状況は人格形成に影響するというが、モノを欲しない、どこか悟った気風があるのも、このことに由来するのだろうか。

小学校に上がった年(2002年)に、ゆとり学習指導要領が施行される。教育内容が3割削減され、学校週5日制が完全実施された。この世代は、6~15歳の学齢期がゆとり学習指導要領実施時期(黄色)と重なっている。真正の「ゆとり世代」だ。この春の新社会人だが、まずもって知っておくべき事実だろう。

高校生の時期にスマホが普及し、それを手に取った最初の世代でもある。固定電話の使い方など知る由もない。電話を忌み嫌い、PCのキーボードよりもスマホのフリック入力が速い世代。職場における世代断層のタネは多そうだ。

そうは言っても、上の世代のやり方に押し込めるのはナンセンスだ。この世代(96年生まれ)が育った軌跡を見る限り、滅私奉公を求めるやり方は通用しそうにない。スマホで外部と簡単につながり、会社の不正はすぐに見破られてSNSで容赦なく告発される。

だが、日本の病んだ社会を変えてくれる改革者でもある。ITやAIを駆使して、成熟社会にふさわしい働き方を打ち立ててくれるだろう。多感な15歳の時に東日本大震災に遭遇し、ボランティア志向といった社会性が強い世代でもある。

平成は激動の時代だったが、幼少期よりその乱気流を通り抜けてきた世代は、21世紀型の考え方・価値観を持ち合わせている。日本社会に新風を吹き込むだろう。この世代の軌跡を描いてみると、面白い時代を創造してくれる期待もできる。上の世代がなすべきは、それを押さえるのではなく認めることだ。

<参考資料:中谷彪・伊藤良高『歴史の中の教育・教育史年表』教育開発研究所(2013年)>

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮

ワールド

トランプ氏誕生日に軍事パレード、6月14日 陸軍2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中