最新記事

読書

音声は出版の新しいフロンティア──文字以上の可能性を秘めている

2019年4月4日(木)17時45分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

「標準化」された文字言語は、安定したものではあるが、言語作品にとってそれが価値であるかどうかは一概に言えないだろう。英国の英語教育では、シェイクスピア戯曲の400年前の活字版口語を子供に読ませているという。英語の変化が比較的に少ないということもあるが、これは音声言語を継承する一つの考え方だ。文字と音声の関係は、生きたものであるほどよいように思われる。

音声言語が初めて記録・再生されるようになったのは1世紀半ほど前だが、ほとんど商業メディア(出版と放送)の中に閉じており、身近な生活に入ってきたのは、モバイルWebが初めてということになる。ひと世代くらいで、まだ社会は社会的空間での音声表現の利用に慣れていない。「オーディオブック」は文字作品の影として生まれたが、さらに大きな可能性があると考えたほうが自然だろう。これまで出版における音声は、補助から主役へと発展している。

アクセシビリティ/音声代替(読書補助)
エクスペリエンス/パフォーマンス(音声表現/体験)

前者は「テキスト」という文字による枠があるが、後者は自由であり「テキスト」との関係は自由に設定が可能で、音声をオリジナルとすることも可能だ。表現の自由な展開を可能するという意味で、詩人や詩を愛する人に歓迎されるだろう。活字出版は「版の経済性」に拘束されたビジネスであり、表現の多様性(ゆれ)は価値ではないが、デジタル・コンテンツでは価値ともなりうる(これは「版」と「バージョン」の違いでもある)。クラシック音楽では、曲によって数種類もの「印刷譜」がある場合があり、演奏家に選択が任される。印刷譜と音楽の間には距離があり、その空白部分の解釈/表現という音楽体験に価値があるためである。

デジタルが「出版」を解放した

耳になじんだことばは、韻文として詩に伝わり、また言語の生命力は、口語(口頭言語)の変化として言語をリードしている。音声言語は文字言語と表裏の関係にある。朗読や朗唱はヨーロッパやアジアでも重要なライブ・パフォーマンスの伝統とされている。活字出版以降の黙読の普及は、音声言語と音読を表舞台からは消し去り、エジソンの発明になる蓄音器や、その後のカセットテープが細々と「音声出版」をつないでデジタルの時代を迎えたが、Webの登場がもたらしたものは、ストリーミング・メディアによる朗読というだけではなかった。

ラジオ(ポッドキャスト)
音声パフォーマンス、
音声/文字変換、
音声インタフェースである。

これらは、音声コンテンツを再生できるだけでなく、それを販売することもできる。Webは「放送」も「ライブ」もいや「それ以上」のことも出来たからだ。

20世紀の終わりに、ついに音声は文字との垣根を乗り越えた。デジタルが活字を扱えるようになって間もなく、音声は文字に、文字は音声に変換が可能になり、その効率と精度は、時間とともに着実に向上した。目も眩むような高解像度グラフィックの、音声が重要なインタフェース言語でもあることに注目した人はあまりいなかったが、これも重要な変化だった。

20年後に、AIの進化で面目を一新した「音声エージェント」で、われわれは人類最古の「出版」がいまでは強力で豊かななテクノロジーに支えられていることを知った。音声は出版の新しいフロンティアであり、文字以上の付加価値を秘めている。

EBook2.0 Magazineからの転載です。

cover_b2.jpgWeb時代のブックビジネス─本/著者/読者に何が始まったか: Kindle以後10年Book II-1


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

26年ブラジル大統領選、ボルソナロ氏長男が「出馬へ

ワールド

中国軍機、空自戦闘機にレーダー照射 太平洋上で空母

ビジネス

アングル:AI導入でも揺らがぬ仕事を、学位より配管

ワールド

アングル:シンガポールの中国人富裕層に変化、「見せ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中