最新記事

北朝鮮

北朝鮮、日本政府に「徴用工」問題への介入を予告

2019年1月15日(火)10時45分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

日本を相手にした歴史問題は、南北で協調しやすい問題 Pyeongyang Press Corps/REUTERS

<北朝鮮が日朝交渉で「徴用工」問題を取り上げることを予告。南北の歩調を合わせるうえで困難が予想されるなか、日本に対する歴史問題では南北間は協調しやすいテーマだ>

共同通信が12日付で報じたところによると、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は昨年12月、日本の植民地時代に徴用されるなどした朝鮮半島出身者の「強制動員」問題を日朝交渉で取り上げる用意があると、モンゴルを介して日本政府に伝えていたという。

これはつまり、いま日韓の摩擦の種となっている従軍慰安婦問題や徴用工問題に、北朝鮮が介入してくるということを意味する。

昨年来、対話の続いている北朝鮮と韓国だが、必ずしもすべての面でうまく行っているわけではない。北朝鮮は韓国に対して強い不信感を示してもいる。

参考記事:「韓国は正気なのか!?」文在寅政権に北朝鮮から非難

金正恩党委員長は1月1日に行った施政方針演説「新年の辞」で、南北対話からは外部勢力、すなわち米国の影響を徹底して排除すべきだと強調した。韓国の文在寅政権は、イデオロギー的にはこれに共鳴しているかもしれないが、実行できるかどうかは別問題だ。

参考記事:日米の「韓国パッシング」は予想どおりの展開

そんな中、日本を相手にした歴史問題は、南北が協調しやすい問題ではある。

ちなみに共同によると、李容浩氏は「日本が拉致問題にこだわり続けるなら、提起せざるを得ない」と警告したという。しかし、この前提には何の意味もない。日朝交渉で、日本が拉致問題を取り上げないことなど絶対にあり得ないし、日本が拉致問題に言及しようがしまいが、北朝鮮が強制動員の問題を重要議題とするのは明らかだからだ。

北朝鮮は昨年の段階ですでに、日本に対し、この問題で強い要求を行うことを示唆している。朝鮮労働党機関紙・労働新聞は11月11日付の論説で、韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた元徴用工訴訟の確定判決を支持すると同時に、判決を拒否する日本政府を非難。

続けて、日本が戦時中に「840万人余りを誘拐、拉致、強制連行して戦場や重労働に送り込み、20万人の女性を性奴隷にした」と主張し、「日本の過去の罪悪に対する謝罪と賠償を必ずや百倍千倍にして受け取って見せる」と強調した。

こうした主張のディテールについてはさておくとしても、日本政府は決して、北朝鮮のこうした姿勢を軽視すべきではない。日韓が1965年の国交正常化に際して締結した請求権協定では、日本が韓国に3億ドルを無償供与することなどで、国と国民の間の請求権問題については「完全かつ最終的に解決された」とされている。

日本側はこれを根拠に韓国最高裁の判決を「あり得ない」としているわけだが、言うまでもなく、日本と北朝鮮の間には請求権協定のようなものは存在しない。完全に白紙の状態なのだ。

また、戦争中の日本の行動を記録した資料の多くは、1965年には埋もれた状態にあったが、その後の研究で大量に発掘された。北朝鮮はそれらを韓国や中国はもちろん、日本国内や米国からも入手し、日本政府にぶつけて来るだろう。

日朝間で「歴史バトル」が始まったら、その激しさは日韓間のそれの比ではないかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

ニューズウィーク日本版 トランプ関税15%の衝撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月5日号(7月29日発売)は「トランプ関税15%の衝撃」特集。例外的に低い税率は同盟国・日本への配慮か、ディールの罠

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドに25%関税、ロ製兵器購入にペナルティも 8

ビジネス

米四半期定例入札、8─10月発行額1250億ドル=

ワールド

ロシア、米制裁の効果疑問視 「一定の免疫できている

ビジネス

米GDP、第2四半期3%増とプラス回復 国内需要は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中