最新記事

ホラー

美しくダークな北欧ホラーは「異端」の恐怖を見せる

Elegant Horror from Norway

2018年10月31日(水)17時10分
エミリー・ガウデット

大学に進学したテルマ(右)は同級生アンニャに引かれていくが (c)PAALAUDESTAD/MOTLYS

<思春期の変化に戸惑う少女を同性愛と絡めて描く異色作『テルマ』>

ノルウェーの田舎町。信仰心のあつい厳格な両親。自分の持つ危険な力に目覚めるヒロイン。時折起きる謎の発作。ホラー映画の王道を行く設定に思えるが、ノルウェーの鬼才ヨアキム・トリアーの監督作『テルマ』は主人公に別の、存在そのものを脅かす「恐怖」を用意している。彼女はレズビアンなのだ。

安っぽいB級映画になりかねない題材を、トリアーは抒情的かつダークで優美なイメージに満ちた作品に仕上げた。眠るテルマ(エイリ・ハーボー)に近づく野生の動物たち。彼女の感情が高ぶったときの強い光。恋人とのキスを想像するテルマの体に絡み付く黒い蛇――。

「超常現象を扱う映画は多いのに、人間とは何かを問う作品がないのは理解できない」と、トリアーは本誌に語る。「観客の気分を高揚させ、解釈の余地を与える映画の力をなぜフルに生かさない?」

なるほど、スーパーヒーローものでもエイリアンものでも、世界的ヒット作の主人公はたいていストレート(異性愛)の白人男性だ。強くて無難なヒーローばかりで、異端の変わり者なんてあり得ない。

一方、本作は『メッセージ』や『イット・フォローズ』など主役の異質さを受け入れるホラー映画の流れをくむ。テルマは同性愛と、抑圧的なキリスト教徒の両親に認められたい気持ちとの板挟みで心因性の発作に苦しむようになり、大学でも孤立する。かつてこうした発作は魔女のしるしか、超能力と見なされていた。

「タブー」を見つめ直す

「ボディー・ホラーというと血や内臓が飛び散る映画を想像しがちだが、実際は自分で自分の体をコントロールできなくなる不安を描いている」と、トリアーは言う。「今の社会は肉体をひどく重視し、誰もがダイエットや運動に励み、肥満を新たな悪と決め付けている。『テルマ』はそれを少しアレンジした」

トリアーに言わせれば、ソーシャルメディアは「自分の内面を他人の外面と比較させる」点が不健全で、多くの人が自分の体を問題のある部分に分解する「能力主義」に陥る。

「ポルノ映画みたいに、シーンごとの演技をつなぎ合わせる」今のホラー映画のやり方にうんざりしていたトリアーは、今回の撮影では全く違う方法を指針にしたという。「スティーブン・キングが文化的ツールとしてのホラーについて見事に書いているんだ。ヘンリー・ジェームズの怪奇小説であれ現代のゾンビ映画であれ、良質のホラーは社会の意識下に潜む不安を描いている、と」

『テルマ』には『羊たちの沈黙』や『ローズマリーの赤ちゃん』の社会批判と、『ブラック・スワン』や『エクソシスト』の凄惨さが融合している。「興味深いことにノルウェーで、そしてどうやらアメリカでも若者をコントロールするのに宗教が利用されている」と、トリアーは言う。「北欧では女性同士の恋を扱う映画は最近あまりなく、この映画を機に宗教と同性愛に関する議論が活発化している」

まさに「タブー」を見つめ直す意欲作だ。

[2018年10月23日号掲載]

ニューズウィーク日本版 岐路に立つアメリカ経済
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月3日号(5月27日発売)は「岐路に立つアメリカ経済」特集。関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉄鋼関税、2倍の50%に引き上げへ トランプ米大統

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中