最新記事

映画

役者ぞろいの群像劇『1987、ある闘いの真実』が見せる韓国民主化の痛み

South Korea’s March to Democracy

2018年9月20日(木)16時00分
大橋 希(本誌記者)

ハ・ジョンウ演じる検事(右)は圧力に屈せず、大学生の検死解剖を命じる (c)2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED

<朴政権退陣にも重なる骨太サスペンス『1987、ある闘いの真実』>

韓国の現代史を語る上で欠かせない1980年代の民主化運動。その厳しさを象徴するのが民衆蜂起を軍が弾圧し、多数の死傷者が出た80年5月の光州事件だろう。たびたび小説や映画の題材になり、ヒット作『タクシー運転手 約束は海を越えて』が記憶に新しい。

民主化運動のもう1つの転換点が、軍事独裁の終焉につながった87年の6月民主抗争。その導火線となる実話を初めて本格的に描いたのが、チャン・ジュナン監督の『1987、ある闘いの真実』だ。

物語の始まりは87年1月、警察に連行されたソウル大学の学生が拷問で殺された事件。死の真相を隠そうとする全斗煥(チョン・ドゥファン)政権と、それを明らかにしようとする人々の闘いが描かれる。警察幹部役のキム・ユンソクと隠蔽を見抜く検事役のハ・ジョンウを中心に、役者ぞろいの骨太な群像サスペンスに仕上がった。

製作の開始は朴槿恵(パク・クネ)政権時代で、それゆえ困難が伴ったという。政権に批判的な文化人のブラックリストのせいだ。「リストの存在は朴政権崩壊後に明らかになったが、当時から『何かあるな』と感じていた。民主化について語ったり、政権に反する発言をした人が圧力を受けることが私の周囲でもよく起きていた」と、自身もリスト入りしていたジュナンは本誌に語る。

衝撃的なビデオの記憶

製作中断の事態を恐れて事件関係者への取材は控え、脚本も秘密裏に執筆した。ところが16年10月、朴が友人の崔順実(チェ・スンシル)を国政に介入させた疑惑が明るみになり、政権は窮地に。状況が急変して製作は軌道に乗り、出資も受けられるようになった。

やがて何十万もの市民が明かりを手に、朴の退陣を求めるデモに繰り出す。「1987年がなければ、2017年のろうそく集会があっただろうかと言う人もいる」とジュナン。「30年前の記憶ゆえ、不正に憤りを感じた人々が道に出てきたのではないか」。結局、朴は弾劾訴追によって昨年3月に罷免された。

87年当時、ジュナンは高校3年生だった。地元の全州地域でもよくデモが起き、催涙弾の煙を防ぐため暑い中でも教室の窓を閉めて勉強をした記憶があると話す。もう1つ彼が忘れられないのは、友人に誘われて行ったカトリック聖堂で不思議なビデオを見せられたこと。まさに『タクシー運転手』に出てくる、ドイツ人ジャーナリストが撮影した光州事件の映像だった。

厳しい報道統制により事件は国内で報じられておらず、「こんなにおぞましいことが韓国で起きていて、語られていないことに衝撃を受けた。たぶんあれがこの作品を撮る種になった」。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:マムダニ氏、ニューヨーク市民の心をつかん

ワールド

北朝鮮が「さらなる攻撃的行動」警告、米韓安保協議受

ビジネス

NY外為市場=ドルおおむね下落、米景気懸念とFRB

ビジネス

ステーブルコイン普及で自然利子率低下、政策金利に下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中