最新記事

シリア情勢

シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された──その複雑な事情とは

2018年9月20日(木)19時40分
青山弘之(東京外国語大学教授)

総攻撃回避のトルコの役割

残された「テロ組織」への対処で尽力したのもトルコだった。トルコは2018年8月、シャーム解放機構を「テロ組織」に指定する政令を施行し、ロシアとともに「テロとの戦い」を貫徹する意思を示す一方、シャーム解放機構と水面下の折衝を繰り返した。

この折衝は、以下の三点が目的だとされる。
○ シャーム解放機構に解体を宣言させ、反体制派内の「テロ組織」を消滅したものとする。
○ 解体を宣言した組織の幹部を、シリア以外の紛争地域に秘密裏に移送する(ないしは、解体宣言を拒否した者を殲滅する)。
○ 解体に同意したメンバーを国民解放戦線が吸収し、「合法的な反体制派」として延命させる。

シャーム解放機構の解体によって「テロ組織」が消滅し、イドリブ県で活動する反体制派が概ねトルコの管理下に置かれれば、シリア軍がイドリブ県を総攻撃する理由はなくなる。非武装地帯は、このプロセスを実行に移すための場として設置されたのだ。

こうして見ると、総攻撃回避の最大の功労者はトルコということになる。その背景には、イドリブ県で一度戦闘が激化すれば、大量の難民が領内に流入することへの懸念が見え隠れしている。既に350万人以上もの難民を受け入れているトルコは、最近の経済事情の悪化もあいまって、これ以上難民を受け入れる余裕などない。

だが、トルコへの難民流入を避けたかったのは、ロシアとシリア政府も同じだ。ロシアは7月に難民と国内避難民(IDPs)の帰還促進を目的とした「合同調整センター」を設置し、難民問題を通して復興プロセスを主導しようとしている。シリア政府も歩調を合わせるかたちで、8月に国外難民帰還調整委員会を設置している。

シリア内戦における「最後の戦い」における勝利を鼓舞するよりも、復興を軌道に乗せたいロシアとシリア政府。自らが支援してきた反体制派の敗北よりも、国内経済の悪化に対処したいトルコ。これらの当事者の頭のなかで、おそらくシリア内戦はすでに終わっており、内戦後の影響が見据えられているからこそ、イドリブ県への総攻撃は猶予されたのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ野党指導者マチャド氏、ノーベル平和賞授賞

ワールド

チェコ、新首相にバビシュ氏 反EUのポピュリスト

ビジネス

米ファンドのエリオット、豊田織株5.01%保有 「

ワールド

タイ・カンボジア紛争、トランプ氏が停戦復活へ電話す
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 6
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中