最新記事

米朝会談の勝者

米朝会談「アメリカは高潔・聡明、敵はクレイジー」外交のツケ

2018年6月19日(火)16時38分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授)

ILLUSTRATION BY IGOR IGOREVICH-SHUTTERSTOCK


180626cover-150.jpg<トランプ、金正恩、日本、中国、北朝鮮国民――世紀の米朝会談で誰が得をしたのか、何が変わるのか。会談結果から読み解く今後の展望を検証した本誌6/26号特集「米朝会談の勝者」より。そもそもアメリカの外交政策には以前から「世界観」に問題があったと、ハーバード大学ケネディ行政大学院のスティーブン・ウォルト教授は言う>

史上初の米朝首脳会談は芝居がかった場面ばかりで、中身はほとんどなかった。自称「交渉の達人」がこのようなディール(取引)を繰り返すなら、平壌にトランプ・タワーが建つ前に、ホノルルに金正恩(キム・ジョンウン)ヒルトンがオープンするだろう。

今回の首脳会談がもたらした最大の前進は、金正恩・朝鮮労働党委員長が自らのイメージを変えたことだ。謎めいていて、どこかコミカルで、残忍で非理性的な「隠者王国」の指導者から、国際社会と真剣に向き合おうと振る舞う指導者へと衣替えした。

ニューヨーク・タイムズ紙は首脳会談の数日前に、「金正恩のイメチェン──核兵器のマッドマンから有能なリーダーへ」という見出しを掲げた。しかし記事の主役は金というより、外交上の敵を非理性的でクレイジーな愚か者と見なすアメリカの自滅的な傾向についてだった。

アメリカでは経験豊富な政府高官や聡明な専門家でさえ、外交摩擦を利害の対立や政治的価値観の衝突として理解するのではなく、個人の欠点や被害妄想、現実に対するゆがんだ見方を反映していると捉えたがる。

しかし実際の金一族は、狂気的でも非理性的でもない。困難な状況下で70年にわたって権力を維持してきた政治家集団だ。

歴史を振り返れば、アメリカは数々の敵をクレイジーと見なしてきた。ロシア革命を推進したボリシェビキのイデオロギーは、「人間が考え得る最もおぞましくて醜いこと」。60年代の中国は、「世界観も人生観も非現実的な指導者が率いる」「暴力的で、短気で、頑固で、敵意に満ちた国」だった。

イラク侵攻は、サダム・フセインは侵略を繰り返す理性のない独裁者だという理由で正当化された。同じようにイランの指導者を「大量虐殺マニア」と見なし、「殉教に取りつかれた非西洋文化」を持つイランの脅威を未然に阻止するためには予防戦争も辞さない、という理論になる。

国際テロリストについても多くのアメリカ人が、精神的に錯乱して非理性的な狂気に駆られた個人と考えている。しかし、大多数のテロリストには政治的な動機があり、それなりの理性を持って主体的に行動している。たとえ自爆テロだとしても、それが自分たちの政治目的を実現する可能性が最も高い戦略だと信じている。

中には、架空の信念で突っ走る一匹狼の攻撃者もいるかもしれない。しかし、テロ集団やその指導者をひとまとめにクレイジーだと片付けることは、彼らの根強さと戦略的行為と適応力を軽視することになる。

【参考記事】歴史で読み解く米朝交渉

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍麻薬作戦、容疑者殺害に支持29%・反対51% 

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、8人死亡 エ

ビジネス

英財務相、26日に所得税率引き上げ示さず 財政見通

ビジネス

ユーロ圏、第3四半期GDP改定は速報と変わらず 9
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中