最新記事

アメリカ

トランプ外交はミードの4類型に収まりきらない──アメリカン・ナショナリズムの反撃(1)

2018年6月14日(木)18時45分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

先の主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席したドナルド・トランプ米大統領は、すぐさまシンガポールに飛び米朝首脳会談を行ったが、その「アメリカ・ファースト外交」はどうもミードの4類型には収まりきらない Leah Millis-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」88号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月28日発行)は、「リベラルな国際秩序の終わり?」特集。リベラルな国際秩序の終わりが語られている最大の理由は「トランプ米大統領がリベラルな国際秩序の中核となる重要な規範を軽視して、侮辱しているから」だが、「トランプ大統領がホワイトハウスから去った後も、リベラルな国際秩序の衰退は続くであろう」と、特集の巻頭言に細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授は書く。
 アメリカ外交を構成する4つの主要な潮流とは何か。先の米朝首脳会談でも世界の耳目を集めたドナルド・トランプ米大統領の外交を、どうとらえるべきか。中山俊宏・慶應義塾大学総合政策学部教授による同特集の論考「アメリカン・ナショナリズムの反撃――トランプ時代のウィルソン主義」を、3回に分けて全文転載する>

はじめに

ウィルソン主義とは必ずしも第二八代大統領ウッドロー・ウィルソンの外交ドクトリンに限定されるものではない。ウォルター・ラッセル・ミードが大著『特別な摂理(Special Providence)』(二〇〇一年)の中で、ウィルソニアンをハミルトニアン、ジェファーソニアン、そしてジャクソニアンとならぶ、アメリカ外交を構成する四つの主要な潮流のうちのひとつとして位置づけたことはよく知られている。リアリズムの大司教、かのヘンリー・キッシンジャーも、(当然、やや批判的にではあるが)ウィルソン主義を支えた「道徳的普遍主義(moral universality)」こそが、アメリカ外交の主流を形成し、二〇世紀以降のアメリカ外交を突き動かしてきたと評した(1)。

アメリカは単に地図の上に広がる物理的な空間ではなく、世界史において特殊な使命を帯びた国だという感覚こそが、ウィルソン主義の核心にある。ウィルソン主義は、アメリカは「例外的な国(exceptional nation)」だという感覚が外の世界に向けて投射されたものでもある。それは世界を自分の姿に似せて作り変えようとする衝動を生み出し、それを実現するためのアメリカの対外介入を根拠づける原理となる。第二八代大統領の名が冠せられるのは、ウィルソン大統領が、それをアメリカが対外行動をとる際の具体的な行動原理にまで高めたからだ。十分に力を蓄えたアメリカは、二〇世紀に入り、もはや内に籠る必要はなく、世界をつくりかえる準備ができていた。

一九一七年四月、ウィルソン大統領は、ヨーロッパ戦線への介入を唱えた議会演説で、かの有名な一節、「世界はデモクラシーにとって安全な場所でなければならない(The world must be made safe for democracy)」と訴えた。そして、ウィルソンは演説終盤で、以下のように述べる。「その役割を担うため、われわれは自らの命や運命、そして自分の全存在、そしてわれわれがもっているものすべてを捧げる。アメリカが自らの血と力を、アメリカの誕生を促した原理、そしてアメリカが大切にしてきた幸福と平和のために、幸運にも用いるべき日がついに来たことを誇りに思う」(一九一七年四月二日の上下両院合同会議演説)と。いま読んでも、その道徳的確信には驚かされる。

しかし、こうした感覚の源流は、独立宣言にまで遡ることができる。独立宣言を起草したトマス・ジェファーソンは、この宣言を「わが国と世界の運命に深く関わる文書(an instrument, pregnant with our own and the fate of the world)」と呼んでいる(2)。それはやや挑発的な言い方をすれば、「世界革命」の文書であり、アメリカ革命は、すくなくとも原理的には、世界がアメリカになったときにはじめて完結するというロジックを内包していた(3)。つまり、アメリカという国は、国境を超えて、世界を変えていこうという内的な衝動がその建国の理念に埋め込まれており、それが常に顕在化するとは限らないものの、他の外交潮流との関係性の中で、現実のアメリカ外交が形成されてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中