最新記事

東南アジア

インドネシア、国軍をテロ対策最前線へ 背景にはテロの変質?

2018年5月31日(木)08時55分
大塚智彦(PanAsiaNews)

リアウ州警察署をターゲットにしたテロ事件の現場 Antara Foto/ Rony Muharrman-REUTERS

<相次ぐテロ事件への対応のため反テロ法を改正、国軍がテロ捜査に投入されることになったインドネシア。治安強化に軍が関わる背景にはテロ事件の変質があるという>

インドネシア国会は5月25日、テロ対策で被疑者取り調べや予防拘留の期間延長といった警察の捜査権限の強化と国軍のテロ捜査投入などを盛り込んだ反テロ法の改正案を全会一致で可決した。

重要な改正点はなんといってもこれまで警察が一手に対応していたテロ対策に、これまで海賊事案やハイジャックといった事件のみに限定されていた国軍の参加の道を開いたことだ。詳細は今後ジョコ・ウィドド大統領が大統領令で決定するとしているが、インドネシアが現在直面するテロの危機的状況を象徴する改正となった。

背景には最近ジャカルタ郊外の国家警察機動隊本部の拘置所で起きたテロ容疑者らによる反乱、第2の都市スラバヤでのキリスト教会を狙った3件の連続爆弾テロ、スラバヤ市警やリアウ州警察署など、警察施設をターゲットにしたテロ事件が相次いでいるという問題がある。

国会では以前から国軍のテロ捜査投入を認める改正法案の審議が続けられてきたものの、国軍の権力拡大が軍の発言力の増大そして政治への関与が再び強まるとの警戒感から反対論も根強く、継続審議が続いていた。

スハルト独裁政権への回帰懸念

インドネシアは1998年に崩壊した32年間に渡るスハルト長期独裁政権下では、陸海空の国軍と警察を合わせた「4軍」体制で国内外の治安を維持してきた。特に国土、国家防衛が本来任務である国軍が政治、社会に深く関わるインドネシア独自のシステムは「ドュアル・ファンクション(2重機能)」と呼ばれ、州県のみならず市町村などの末端にいたるまで、地方自治に軍が関与していた。さらに国会には無投票の国軍議席があり、国会議場の一角には肩章に星が並ぶ制服軍人が居並んでは「にらみ」を利かせていた。

それが1998年のスハルト政権崩壊と民主化実現で、国内治安は警察の担当。国軍は本来任務の国防に専念することになり、国会の国軍議席も廃止された経緯がある。

今回の改正案では国軍が国内治安対策に関与することになったものの、あくまで「テロ関連事案」に限定されている。しかし、人権団体などには「スハルト時代への回帰の懸念」が根強く残っているのも事実。

バリ島爆弾テロで成立した反テロ法

改正案ではテロ関連容疑で身柄を拘束した容疑者の拘置期間をこれまでの6カ月から約9カ月に延長されるほか、容疑が特定される以前の予防拘束での取り調べ期間をこれまでの7日間から21日間に延長することなども盛り込まれている。

この予防拘束に関してはこれまでも国会審議で取り上げられ、「思想・表現の自由」を侵すことになりかねないという点もあって賛成・反対が対立していたが、今回は満場一致で賛成となった。

そもそも反テロ法は2003年のバリ島で発生し、日本人も犠牲となった連続爆弾テロ事件を受けて成立したもので、今回の改正はそれ以来15年ぶりで内容を見直したことになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アマゾン、第2四半期売上高見通し予想下回る

ビジネス

米コカ・コーラ、通期売上高見通し引き上げ 第1四半

ワールド

トランプ氏に罰金9000ドル、収監も警告 かん口令

ワールド

訂正-米中気候特使、5月にワシントンで会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 9

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 10

    日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退──元IM…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中