最新記事

交渉の達人 金正恩

金桂冠は正しい、トランプは金正恩の術中にはまった

2018年5月23日(水)17時23分
フレッド・カプラン(スレート誌コラムニスト)

北朝鮮としては経済援助くらいで核を手放すわけにはいかない KCNA-REUTERS


180529cover-150.jpg<果たして米朝首脳会談は中止に終わるのか。もしもすべてが金正恩の思惑どおりだとしたら......。金正恩の交渉力に迫る本誌5/29号特集「交渉の達人 金正恩」より>

北朝鮮が米朝首脳会談を中止する可能性を示唆したことは、一部の論者が主張するような「心変わり」でも、「外国との交渉中に突然方針を変更する(北朝鮮の)お決まりの戦略」によるものでもない。

確かに、北朝鮮はこれまでにも多くの外交交渉で、突然の方針転換や前言撤回といった揺さぶりや謀略を駆使してきた。だが、今回は違う。16日に発表された北朝鮮の金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官の談話は、ここ数週間、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と側近が語ってきたことと完全に一致するし、「普通の国」の基準で見てもかなり合理的な内容だ。

北朝鮮は当初から、いかなる合意も「(北朝鮮だけでなく)朝鮮半島の非核化」を目的とし、「段階的で同期的措置」により実現されるべきだという姿勢を明確にしてきた。

だが、アメリカのドナルド・トランプ大統領も、マイク・ポンペオ国務長官も、この見解を受け入れていない。それどころかジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、北朝鮮だけが核を放棄し、それが実現したらアメリカは北朝鮮に莫大な経済援助を行うという「リビア方式」のプロセスを主張した。

北朝鮮は長年、「非核化」は朝鮮半島全体の核能力に適用されるとの見方を維持してきた。北朝鮮だけでなく在韓米軍をはじめとする周辺の米軍も非核化の対象に含まれるということだ。だからだろう。長年、北朝鮮の核交渉を担当してきた金桂冠はボルトンの「リビア方式」を「全くばかげている」と切り捨てた。

筆者は普段、めったにこんなことを言わないが、それでも金桂冠の言うことは正しい。第1に、リビアは核開発計画を放棄したとき、ただの1発の核爆弾も手に入れていなかった。これに対して北朝鮮は、既に相当数の核弾頭と運搬手段(ミサイル)を手に入れ、発射実験も行っている。第2に、金桂冠が指摘したとおり、リビアはその後「惨めな末路」をたどった。独裁者ムアマル・カダフィは、核を手放した後、欧米が支援する反政府勢力により殺された。

カダフィと、イラクの独裁者サダム・フセインの身の上に起きたことを知っている者なら、経済援助と引き換えに武力を放棄すること(金の表現を借りれば「先核放棄、後補償」)など、愚かだと分かる。金正恩と金桂冠は策士であり、ばかではない。

【参考記事】韓国にもイスラエルにも──トランプは交渉の達人ではなく「操られる達人」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中