最新記事

中東

パレスチナ人58人が死亡したガザでの衝突をハマースの責任に転嫁するアメリカ

2018年5月17日(木)15時10分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

ガザで衝突があった翌日、ベルリンでも抗議デモが行われた (撮影:錦田愛子)

<中東和平交渉の相手方として立場を維持してきたアッバース大統領は四面楚歌の状況...>

2018年5月15日、ドイツの首都ベルリンのブランデンブルク門の前には300名余りの人々が、パレスチナ占領(アラビア語で「ナクバ」)70年の抗議デモに集まった。

ときおり激しく降る雨の中、濡れそぼったパレスチナの旗の水を振り落としながら、ベルリン在住のパレスチナ人と左派系ドイツ人はそれぞれの思いを叫んだ。壇上での演説やシュプレヒコールなどが続き、デモは2時間余り続いた。在独アメリカ大使館前の冷え込んだ広場には運動参加者以外には、十数台のパトカーと警察以外に人気はなく、厳重な警戒の中で集会は粛々と進められた。

鎮圧に実弾が使用されたガザの「虐殺」

前日14日のエルサレムへのアメリカ大使館移転の日には、ガザ地区東部のイスラエルとの境界線沿いで大きな衝突が起きていた。

アラブの放送局マヤ―ディーンの報道によると、その日のうちに死者58名、負傷者2771名を出す事態となった。一日の死者数が50名を超えるのは2014年のガザ戦争以来で、パレスチナの各紙やアル=ジャジーラ含めアラブ・メディアはこれをガザでの「虐殺」と報じている。大きな犠牲をしのび、集会では殉教者に対する黙祷がささげられた。

衝突がこのように大規模なものに発展したのはなぜか。直接の要因としては、アメリカ政府関係者の来訪で厳戒態勢が敷かれる中、鎮圧に実弾が多用されたことが指摘されるだろう。イスラエル側は、3月末に始まった一連のデモの開始当初より、ガザ地区からの越境侵入は断固阻止する旨を発表していた。

記念日や式典に関わらず、イスラエルにとっては境界の維持と治安管理が至上命題である。死傷者の大半は20代の若者だが、催涙ガスなどにより死者には10代以下の子どもも含まれることとなった。

アメリカはハマースによる扇動の結果だと非難したが

米ホワイトハウスのシャー大統領副報道官は14日の記者会見で、衝突の激化をハマースによる扇動の結果だと非難した。すべての責任をハマースに着せるのはイスラエル政府の用いる常とう手段だ。とはいえ実際には、運動にはハマース支持者以外の参加者も含まれる。直前に「帰還の行進」委員会が多くの呼びかけを送ったのは確かだが、動員だけで何万人もの人々が集結したとは考え難い。

その日に起きた出来事、すなわちアメリカ大使館の移転が、パレスチナにとっては聖地の冒涜であると同時に、占領の追認と固定化を意味する許しがたい挑発行為であったからこそ、衝突はここまでエスカレートしたといえるだろう。ブランデンブルク門前での集会では、パレスチナの政治党派の旗は一切掲げられていなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中