最新記事

中東

パレスチナ人58人が死亡したガザでの衝突をハマースの責任に転嫁するアメリカ

2018年5月17日(木)15時10分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

単なる動員ではないことは、同じく運動が呼びかけられていた翌15日の様子からもうかがわれる。「ナクバ」70年の「帰還の行進」デモは、その最終日となる14、15日の両日に一斉抗議が呼びかけられていた。

だが実際に衝突が激化したのは14日のみであり、「ナクバ」70年の当日である15日の衝突は限られた規模にとどまった。地域的には前日よりも広く、ヨルダン川西岸地区やエルサレムでも展開されたが、多数の死傷者が出る事態とはならなかった。

複数のパレスチナ政治組織が含まれる「帰還の行進」委員会の中で、動員力をもっとも発揮したのは確かにハマースだが、その根底には抗議運動に集まる人々の怒りがあったといえるだろう。

アッバース大統領への支持率は低下

他方でパレスチナ自治政府のファタハは、昨年のトランプ大統領による大使館の移転決定以降ますます影響力を失っている。5月9日に行われた西岸地区のビルゼイト大学での学生選挙ではハマース系のイスラーム学生同盟が、ファタハ系のヤーセル・アラファト同盟を圧して勝利する結果となった。大学自治会は政治党派間の勢力関係を示す鏡であり、ファタハの衰退は顕著とみられる。

これまで中東和平交渉の相手方として立場を維持してきたアッバース大統領は、大使館の移転決定により、和平仲介者であったアメリカを批判せざるを得ない立場に追い込まれている。当のトランプ大統領は和平交渉への仲介の意欲を示すものの、批判には聞く耳を持たない。交渉の再開はきわめて困難な状態といえる。四面楚歌の状況の中、アッバース大統領への支持率は3割にまで低下している。

危険を承知で抵抗運動を行うパレスチナ人の覚悟

抗議運動に参加した人々がはじめからこれだけの死傷者が出ることを覚悟していたかは定かでない。だがガザ地区東部で多数の死傷者が出たことで、国際的な関心が集まったのは事実だ。もし死傷者が数名にとどまれば、国連安保理緊急会合は開かれず、トルコが大使を召還したり、ベルギーやアイルランドがイスラエル大使を呼んで抗議することにはならなかっただろう。

70年に及ぶ経験の中でそれを知悉しているため、パレスチナ人は危険を承知で抵抗運動を行う。独特のリズムで叫ばれる「魂と血をもって」というスローガンは、そんな彼らの覚悟を示しているといえるだろう。それだけの決意と覚悟をもって多くの人々が立ち上がるとき、相応に受け止めることは国際社会に課された義務といえるのではないか。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

吉野家HD、08年導入の買収防衛策廃止へ 

ビジネス

セブン&アイ、米コンビニ事業の上場は最短で27年度

ビジネス

日経平均は5日ぶり反落、中東情勢の不透明感を改めて

ビジネス

ファーストリテ、通期予想を上方修正 純利益10.9
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 3
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 4
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 5
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 6
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの…
  • 7
    高学力の男女で見ても、日本の男女の年収格差は世界…
  • 8
    戸建てシフトで激変する住宅市場
  • 9
    キッチンスポンジ使用の思いがけない環境負荷...マイ…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 9
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 10
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中