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北朝鮮

「金正恩を倒せ!」落書き事件続発に北朝鮮が大慌て

2018年3月23日(金)10時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

2016年5月に朝鮮労働党大会の会場となった平壌の4.25文化会館 Damir Sagolj-REUTERS

<平壌の政治の中心部の建物で政権打倒を呼び掛ける落書きが見つかり、北朝鮮は犯人探しや思想教育の徹底指示で大騒ぎになっている>

北朝鮮の首都・平壌で金正恩党委員長を批判する落書きが発見され、当局が捜査に乗り出した。

平壌在住で中国を頻繁に訪れるデイリーNK内部情報筋によると、今月1日の午前4時頃、市内の4.25文化会館の建物の壁に金正恩氏を批判する落書きが発見された。当局は検問を強化し、保安署(警察署)は住民の筆跡調査にも乗り出した。

北朝鮮において国家指導者は、公の場において言及する際には細心の注意を要するほど神聖不可侵のもので、批判したことがバレたら重罪は免れない。

参考記事:北朝鮮の「公開処刑」はこうして行われる

それでも、体制を批判する落書き、ビラ事件は度々起きている。

2016年11月には両江道(リャンガンド)恵山(へサン)で、「金正恩を打倒しよう」と書かれたビラが発見された。その翌月には、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)で、「人民のかたき、金正恩を処断せよ」という反体制的な落書きが見つかった。

北朝鮮の国民は、洗脳された「ロボット人間」ではない。制限されているとはいえ、海外の情報と接する機会も増えており、自分たちがどのような状況に置かれているかも知っている。だから、人々が金正恩体制に反感を募らせるのは当たり前なのだ。

参考記事:金正恩センスの制服「ダサ過ぎ、人間の価値下げる」と北朝鮮の高校生

当局はこのような場合、他の事件を半ば放置してまで大々的な捜査を行う。

ただでさえ、極めて深刻な事件として扱われる反体制落書きだが、今回は金正恩氏が徹底取り締まりを直接指示するほどの深刻さだ。それは、落書きされた建物が政治的に重要な意味を持つ施設だからだ。

落書きが発見された4.25文化会館は、金日成主席が抗日パルチザンを創設したとされる1932年4月25日を記念してその名がつけられた。金日成広場から北に4キロのところにあり、タワーマンション団地の黎明(リョミョン)通り、金日成総合大学、金日成氏と金正日総書記の遺体が安置された錦繍山(クムスサン)太陽宮殿、大城山(テソンサン)の革命烈士陵へと繋がる、北朝鮮国内でも最も政治的な重要度の高い場所のひとつだ。

また、重要な会議や行事、政治集会、芸術公演が開催される場所でもある。2007年の南北首脳会談に際しては、平壌を訪れた韓国の盧武鉉大統領(当時)を歓迎する式典がここで行われた。36年ぶりとなった2016年5月の第7回朝鮮労働党大会もここで行われた。

そんな建物の壁に反体制的な落書きをするということは、現体制への宣戦布告ともいうべき行為と言えよう。

「以前なら落書きは大学や工場でよく見つかるものだったが、今回は国の重要な建物だ。これは金正恩氏を直接批判するものだ。保衛部の建物に手紙を投げ込む事件が起こるなど、住民が不満をより積極的に示すようになっている」(脱北者で北朝鮮の元高官)

今回の事件を受けて金正恩氏は、国家保衛省(秘密警察)、保衛司令部、人民保安省(警察庁)の全職員を政治・思想的に武装させるための集中学習を1ヶ月間行うよう指示したという。また、朝鮮労働党の宣伝扇動部は、この集中学習をチェックするよう指示を下した。これほどの事件が起きたことで、体制維持に欠かせない組織にも「たるみ」が生じていることを懸念しているのだろう。

「犯人探しも大切だが、思想的な乱れを未然に防ぐこともおろそかにできないと見ているのだろう」(情報筋)

また別の情報筋によると、今年1月にも金正恩氏を批判する落書きが発見されている。市民の間では、某種の勢力が存在するのではないかという噂が出回ったという。落書きひとつが社会不安を招きかねないのが、北朝鮮社会の実情でもあるのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
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