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北朝鮮「美女応援団」の興奮を抑えるために金正恩がしていること

2018年1月25日(木)11時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

韓国派遣にはキツイ思想教育が必要 KCNA/REUTERS

<平昌冬季五輪に派遣されるであろう北朝鮮の「美女応援団」。しかし参加者の金銭的負担は大きく、帰国後には辛い「思想総括」も待っている>

韓国で2月9日から開催される平昌冬季五輪に、北朝鮮が参加する。アイスホッケー女子では五輪史上初の南北合同チームが結成されるが、それと並んで注目を集めているのは、久しぶりの「美女応援団」の訪韓だ。過去の美女応援団に、後に金正恩党委員長の妻となった李雪主(リ・ソルチュ)氏が参加していたことも良く知られた事実だ。

北朝鮮当局は現在、応援団の人選を行っているが、選ばれた女性と家族の中には、喜ぶ人がいる一方で、浮かない顔をしている人もいるという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えた。

最近中国を訪れた平壌市民が、RFAに語ったところによると、応援団は全員平壌出身者から選ばれ、地方出身者は一人もいない。その理由は次のようなものだ。

「平壌市民は地方住民に比べて良く武装されているから」(平壌市民)

武装と行っても銃や刃物のことではない。思想教育をバッチリ受けているから安心であるという意味だ。平壌は、成分(身分)が良く思想が堅固とされた「選ばれし者」だけが住める特別な都市だ。そんな平壌市民なら問題を起こす可能性が相対的に低いということだ。

また、管理のしやすさも平壌市民から応援団が選ばれる理由だ。選ばれた人は、北朝鮮帰国後には南朝鮮で見たこと、聞いたことを一切話してはならないときつく口止めされるが、地方の在住者を全国規模で管理するのはたいへんだ。

<参考記事:【写真特集】李雪主――金正恩氏の美貌の妻

実際、李雪主氏の出身校で、美女応援団の主な人材供給元となっているエリート校・金星学院の女子学生たちは、元NBAプレーヤーのデニス・ロッドマン氏が訪朝した際にも、秘密の酒宴にコンパニオンとして呼ばれたとされる。

さらに、韓国に派遣される前には応援の練習をするが、地方の人だと参加が難しいという現実的な理由もある。

一方、北朝鮮と中国を行き来して商売する平壌在住の華僑は、応援団に選ばれた人々の反応を伝えた。

「応援団に参加したがる人の動機は、海外に行ける一生に1回あるかないかというチャンスであることに加え、行き先が南朝鮮(韓国)だからでもある」(平壌在住の華僑)

北朝鮮当局は、韓流ドラマや映画の視聴、流通を厳しく取り締まっている。捕まれば過酷な処罰が待ち受けているが、それでも「やめられない、止まらない」中毒にかかってしまい、何とかして見ようとする人は少なくない。そんな「韓流ワールド」に、国のお墨付きをもらって行けるのだから、彼女たちにとっては大興奮ものなのだ。

その一方で浮かない顔をしている人たちもいる。経済的な負担が非常に重いからだ。

「応援団のユニフォーム、靴、応援グッズは国が準備するが、その費用は参加者に請求される。1人あたり数百ドルを超える」(平壌在住の華僑)

さらに辛いのは帰国に待っている思想的な総和(総括)だ。

「帰国後は数日に及ぶ厳しい思想総和を受ける。南朝鮮で見たこと、聞いたことを口外したら、一家が滅びることにもなりかねない」(平壌在住の華僑)

<参考記事:北朝鮮「秘密パーティーのコンパニオン」に動員される女学生たちの涙

周囲に話したことがバレれば、平壌市民としての地位を奪われ、地方に追放されるのである。北朝鮮当局にとっては、韓流好きの彼女らの興奮を抑え込むためにも、キツイ思想教育が絶対に必要なのだ。

すでに、様々なルートで韓国社会の情報が入るようになっている北朝鮮だが、実際に行ってきた人による生の情報は非常に少ない。そのため彼女らが口を開けば、大量の情報が口コミネットワークに乗り、北朝鮮国内に拡散することになる。北朝鮮当局はそれを恐れているのであり、今回の五輪参加は金正恩氏にとっても、それなりにリスクを伴うものなのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
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