最新記事

シリア情勢

トルコがシリアへ侵攻し、クルドが切り捨てられる

2018年1月24日(水)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

トルコ-シリア国境のトルコ軍 Umit Bektas-REUTERS

<シリア内戦の終結やイスラーム国根絶に一役買ってきたクルド人だが、今やすべての当事者から切り捨てられる存在となった>

クルド人はシリア内戦の当事者たちが折り合う結節点であり続けている──ロジャヴァ(西クルディスタン移行期民政局)が支配するアレッポ県北西部のアフリーン市一帯へのトルコ軍の侵攻は、このことを再認識させる。

内戦の当事者たちを繋ぐ「バッファー」(緩衝材)だったクルド

ロジャヴァは、国際紛争としてのシリア内戦を終息に向かわせるカギとなったアクターだった。それは、この組織(あるいは機関)が、ロシア、米国、イラン、そしてバッシャール・アサド政権と微妙な距離を保ってきたことの結果でもあった。

ロジャヴァを主導するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)は、「アラブの春」がシリアに波及する以前から、アサド政権の退陣をめざす一方、弾圧から住民を守るとして、人民防衛部隊(YPG)や女性防衛部隊(YPJ)を養成してきた。だが、体制転換は政治的に行うと主張し、シリア内戦下でも政権と戦火を交えることはほとんどなかった。

PYDはその代わりに、イスラーム国やアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線(現在の呼称はシャーム解放委員会)が主導する反体制派との戦いにYPGを投入し、「テロとの戦い」においてアサド政権と戦略的に共闘した。

こうしたPYDの姿勢は、アサド政権を後援するロシアとイランからの支援を促した。また、有志連合を率いてイスラーム国掃討作戦を推し進めていた米国も、YPGを「協力部隊」(partner forces)とみなした。2015年半ばに米国の肝煎りで結成されたシリア民主軍が、YPGを主体とし、イスラーム国の首都と目されたラッカ市解放戦の中軸を担ったことは周知の通りだ。

ロジャヴァは、内戦の当事者たちを繋ぐ「バッファー」(緩衝材)のような役割を担った。その結果、イスラーム国に対する包囲網が強化されるとともに、反体制派(そしてイスラーム国)に対するアサド政権の優位が確定し、ロシア主導のもとでシリア内戦は終わりへと向かった。

イスラーム国が壊滅すると存在意義は失われていった

しかし、2017年末にシリアとイラクでイスラーム国が事実上壊滅すると、バッファーとしてのロジャヴァの存在意義は失われていった。事態に対処するべく、ロジャヴァは北シリア民主連邦を樹立し、自治体制を拡充しようとした。9月には連邦における最小の行政機関にあたるコニューンの首長選挙が、また12月には村、町、区、市、郡、地区といった行政区画における議会選挙が実施され、2018年1月までに、各議会の議長が選出されていった(拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」2017年8月19日)。

北シリア民主連邦は、ロジャヴァ支配地域を構成する三つの地域(ジャズィーラ、ユーフラテス、アフリーン)の議会と、連邦議会に相当する北シリア民主人民大会を選出することで正式に発足するはずだった。だが、イラク・クルディスタン地域での独立に向けた動きが内外の反発を受けて頓挫したように、ロジャヴァ支配地域で1月に予定されていた総選挙は無期延期となった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは154円後半、米雇用統計控え上値重

ワールド

インド総合PMI、12月は58.9に低下 10カ月

ビジネス

プライベートクレジット、来年デフォルト増加の恐れ=

ワールド

豪銃撃、容疑者は「イスラム国」から影響 事件前にフ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中