最新記事

北朝鮮拉致問題

ジェンキンス死去、波乱の人生の平穏な最終章

2017年12月21日(木)12時00分
山田敏弘(ジャーナリスト)

ただ日本での生活も当初は平穏なものではなかった。曽我の故郷である佐渡島に渡ってからも、時の人として注目を浴びる日々を過ごした。言葉の分からない国で自分を取り巻いて繰り広げられる喧騒――。そんな生活の中で酒の量が増えた時期もあった。

好きなバイクを3台所有

ジェンキンスは佐渡でどんな暮らしぶりだったのか。日本語を学ぼうとしなかったジェンキンスの唯一と言っていい友人で、通訳を務めていた本間啓五は、「日本での生活を満喫したと思う。縛るものは何もなく、自由に暮らせたのだから」と語る。

例えば、大好きなバイクを3台所有し、天気のいい日は佐渡島をツーリングした。そんなことから、バイク雑誌の表紙を飾ったこともあった。しかし「バイクは危ない」という妻の要望で、ジェンキンスは70歳を機に乗るのをやめた。

普段は佐渡市内の土産物店に勤めていた。職場には自慢の軽自動車で通勤し、遅刻することはなく、勤務態度は至って真面目。12年に筆者が取材した際に、「北朝鮮での年収を1カ月ほどで稼げるからやりがいはある」と目を輝かせて語っていたジェンキンスは、仕事に生きがいを見いだしていた。

自宅に帰ると、介護施設に勤める勤務時間の不規則な妻と保育施設で働く長女の帰宅を待ちながら、好きな酒を飲んだり、自宅裏の畑をいじったりした。相変わらず酒はよく飲んだが、健康状態は良好だった。

magw171221-jenk02.jpg

北朝鮮の自宅前で長女と。北朝鮮での暮らしは不自由だったが家族との生活は幸せだった Toshihiro Yamada

夫婦の仲も悪くなく、本間に言わせると「どこにでもいる夫婦」だった。酒を控えるよう曽我に言われていたジェンキンスは、自宅の蔵などあちこちに酒を隠していた、と本間は笑う。家で1人のときは、溺愛していた愛犬のゴールデンレトリバーをそばに置いて、蔵で飲むこともあったという。

ジェンキンスは、妻が積極的に参加する拉致被害者の早期の帰国を求める署名活動に姿を見せることはほぼなかった。帰国者による節目の会見などにも顔を出さなかった。「日本語がしゃべれないから」と言う人もいるが、署名活動なら言葉は必要ない。拉致被害者ではないという自身の立場から、あえて一歩引いて、積極的に関わらなかったと指摘する関係者もいる。

そんなジェンキンスに転機が訪れたのは、2年ほど前のこと。愛犬のゴールデンレトリバーが死んだのだ。さらにその数カ月後には、まだ結婚前だった次女ブリンダの誕生日にジェンキンスがプレゼントしたチワワも死んだ。

ジェンキンスは、それまで見たことのないような落ち込みぶりだったと家族や知人は口をそろえる。周囲は「ペットロス」になったジェンキンスの様子をかなり気に掛けていたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾総統、強権的な指導者崇拝を批判 中国軍事パレー

ワールド

セルビアはロシアとの協力関係の改善望む=ブチッチ大

ワールド

EU気候変動目標の交渉、フランスが首脳レベルへの引

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中