最新記事

イラク

解放後のモスルに渦巻くISIS協力者狩り

2017年10月30日(月)11時30分
エミリー・フェルドマン

ISISの旗を奪った政府側の兵士 Alaa Al-Marjani-REUTERS

<仮設刑務所には「容疑者」があふれ、女性や子供までもが復讐の標的に...かつてのISIS最大の拠点に残る深すぎる禍根>

テロ組織ISIS(自称イスラム国)がイラク最後の拠点モスルから撤退した数日後、同市ニネベの裁判所を2人の女が訪れた。ISISに協力した「容疑者」を引き渡しに来たのだ。

といっても、連れて来たのは筋金入りの戦闘員ではなく、3歳にもならない彼女らの子供だった。「この子たちは要らない」と女たちは言った。「この子たちの父親はISISで、私たちをレイプした」

泣きじゃくる子供を置いて女たちは立ち去った。家族に責められて仕方なく手放したのではないかと、居合わせたイラクの人権活動家サイード・クライシ(身の安全のため本人の希望により仮名)は言う。「ひどい状況だ。自分の意思だとしても生易しい決断じゃない」

イラク軍がモスルからISISを一掃して3カ月、市民はISISへの復讐に燃えている。ISIS協力者の家族と絶縁したり、隣人をISIS絡みの犯罪で告発する人が後を絶たない。自警団を結成して自ら裁きを下す者もいる。春先にはチグリス川下流に多数の遺体が浮いているのが何度も見つかった。遺体の多くは目隠しされて縛られており、ISISに協力した容疑で政府側の部隊に処刑されたようだ。

市民が憤るのも無理はない。14年6月にモスルを制圧したISISは、住民約100万人に禁煙や男女の分離など厳格な法律を押し付けた。市民を拷問・処刑し、住宅を占拠し、片っ端から略奪した。子供を兵士に仕立て上げ、女性を奴隷にした。昨年10月に米主導の掃討作戦が始まると、ISISはスパイ容疑者や逃げ出そうとした市民を処刑。7月の撤退までに、イラク治安部隊の兵士8000人以上を殺傷した。

「ISIS協力者」とその家族がひどい扱いを受けても、ほとんどの市民は意に介さないようだ。弁護士は社会的排斥や報復を恐れて、弁護を引き受けたがらない。国際人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、最近そうした容疑者を弁護する弁護士十数人に、ISISに協力した容疑で逮捕状が出たことが弁護士たちの不安に輪を掛けているという。

被告のために立ち上がることをいとわないのは、ひと握りの人権活動家くらいだ。その1人がスコット・ポートマン。現地でイラク人弁護士やソーシャルワーカーを雇っている米NPO、ハートランド・アライアンス・インターナショナルの中東・北アフリカ担当責任者だ。

ポートマンによれば、報復は今に始まったことではない。15年、イラク主導の連合軍はISISに対して攻勢を強めていた。ティクリートやラマディ、ファルージャなどの住民は、政府軍や武装組織が10代の若者や子供を含む「容疑者」を処刑・虐待していると報告した。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 介入警戒の売

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中