最新記事

中国

さまようウイグル人の悲劇

2017年8月18日(金)18時45分
水谷尚子(中国現代史研究者)

カシュガル旧市街は以前はウイグル人が暮らす土色の住居がひしめく迷宮都市だったが、政府が多くの住民に立ち退きを強制した SHUICHI OKAMOTO FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国共産党が「一帯一路」を武器に国外のウイグル人を強制帰国。しかし彼らの故郷は既に同化のために破壊されている>

13年に習近平(シー・チンピン)国家主席が新シルクロード経済圏構想「一帯一路」を提唱して以来、中国から中央ユーラシアに抜ける交通の要所に位置する新疆ウイグル自治区では、ウイグル人に対して手段を選ばぬ漢人への同化政策が強行されている。

「社会安定」を促進するために、テュルク系ムスリムであるウイグル人コミュニティーを暴力的に破壊。名実共に新疆を中華世界に併呑しようと中国政府は必死だ。追い詰められたウイグル人の反撃や難民化の問題は今や中国の枠を超え、世界に広がっている。

ウイグル人を併呑しようとする動きは中国国内にとどまらない。16年1月にエジプトを訪問した習は、首都カイロで経済破綻寸前の同国の中央銀行に10億ドルを融資するとアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領に伝え、シシも「一帯一路」構想への支持を表明した。

それから1年半後の今年7月4日夜。エジプトで学ぶ新疆ウイグル自治区出身のウイグル人留学生たちが、治安当局に「不法滞在」を理由として相次いで拘束され、その一部が中国に強制帰国させられた。送還を恐れて空路で第三国に逃れようとした学生たちもエジプト当局が空港で手錠を掛けて拘束した。

強制帰国の対象となった留学生の多くはイスラム宗教学を学んでいたという。東トルキスタン独立運動のため軍事訓練を積もうとするウイグル人が、シリアなど中東でいわゆる「イスラム過激派組織」に身を投じていることは既に報じられている。

【参考記事】中国、ウイグル族にスパイウエアのインストールを強制

とはいえ、宗教学の履修者が武装闘争に直結すると疑っているなら短絡的だ。一連の出来事は財政難にあえぐエジプトが財政支援と引き換えに、中国の要請を受け入れた結果と考えられる。

エジプトから陸路で隣国を経由し、トルコへ亡命した複数のウイグル人留学生に7月中旬、筆者は電話インタビューを試みた。彼らは言う。

「両国政府が口実としているビザのない者はごく一部で、有効なビザを持っていながら拘束された人が多数だ。イスラム学で有名な(カイロの)アズハル大学の場合、ウイグル人留学生にこの1年間ビザ手続きを待つよう言い含め、発給作業をしなかったと聞く」

「実は帰国命令が下ったのは15年頃で、『おとなしく帰らないと家族の安全は保障しない』と脅しも受け、仕方なく多くの留学生が帰国した。今年6月には中国国家安全当局がエジプト入りしているとの噂も流れた」

エジプトにいたウイグル人学生の90%が既に帰国するか第三国に出国。残っているのはエジプト人と結婚した人々だ。拘束されたウイグル人の数は情報が錯綜し実態は分からない。「国境を越えて隣国に逃れた後、同じテュルク系民族のトルコに約1000人のウイグル人が亡命したと言われている」と、ウイグル人留学生の1人は言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満症治療薬値下げの詳細、トランプ氏と製薬大手2

ビジネス

FRB、現時点でインフレ抑制に利上げ必要ない=クリ

ビジネス

テスラ株主、マスク氏への8780億ドル報酬計画承認

ワールド

スウェーデンの主要空港、ドローン目撃受け一時閉鎖
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中