最新記事

欧州

国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党

2017年6月28日(水)11時06分
水島治郎(千葉大学法政経学部教授)※アステイオン86より転載

 そして現在、極右起源であるかどうかを問わず、ヨーロッパのポピュリズム政党の多くが前面に掲げるのが、国民投票や住民投票をはじめとする、直接民主主義的な手法である。ポピュリズム政党は、自分たちこそが「民意」を体現すると主張し、その「民意」を実現する手段として国民投票や住民投票を重視する。特に、これまで政治エリート主導で進んできたヨーロッパ統合は、ポピュリズム政党の批判の格好のターゲットである。彼らはユーロ離脱やEU本体からの離脱について、国民投票で「民意」を問うことを訴え、支持を広げているのである。しかしながら、イギリスで国民投票の予想外の結果を目の当たりにした各国の既成政党は、左右を問わず国民投票というリスクの高い手段をとることに否定的であり、そこがさらにポピュリズム政党の批判を招く事態となっている。

 本年二月に死去したフランスの思想家、ツヴェタン・トドロフはその名著『民主主義の内なる敵』(みすず書房)のなかで、ポピュリズムを伝統的な右派や左派といった括りで位置づけることはできないとし、むしろポピュリズムを「下」に属する運動として論じている。既成政党は右も左もひっくるめて「上」の存在であり、この「上」のエリートに対する「下」からの批判的な運動がポピュリズムだ、というのが彼の主張である。

 このようにポピュリズムを「下」から「上」への反逆として捉えた場合、そしてまさに現在、各国のポピュリズム政党が「下」の動員に積極的に取り組んでいることを踏まえると、現代のポピュリズムと、国民投票・住民投票のような直接民主主義的な手法との間には、一定の親和性が浮かび上がるのである。

【参考記事】ヨーロッパで政争の具にされる国民投票

スイスの国民投票とポピュリズム政党

 それでは次に、国民投票の母国として名高いスイスの展開を見ることで、具体的に国民投票とポピュリズム政党の関連について考えてみたい。

 もともと山岳地帯に散らばるカントン(州)の自発的な連合体として出発したスイスでは、カントンの自治を重んずる気風に加え、ドイツ語をはじめとする複数の言語が用いられ、宗派もプロテスタントとカトリックが二分するなど、地域的、言語的、宗教的に分立した社会が維持されている。この多元的な社会状況を背景に、強力な権力を持つ中央政府の出現に対する警戒感は強く、連邦政府の権限拡大にはたびたびブレーキが掛けられてきた。この「権力抑制」のための切り札として一九世紀後半に導入され、現代まで多用されてきたのが国民投票である。

 スイスの国民投票は、主に三つに大別される。第一は「義務的国民投票」であり、憲法改正や重要な条約など、国の根幹にかかわる事項について義務的に実施される。第二は、「任意的国民投票」であり、法律や条約などについて、一定数の署名やカントンの要求があった場合にのみ実施される。そしてこれまで、「義務的国民投票」のおよそ三分の一、「任意的国民投票」のおよそ半数が「否決」に終わっている。このことは国民投票の存在が、スイスにおける中央政府の手足を強く縛るものとなったことを示している。

 そして第三のタイプが「国民発案」である。これは一〇万人以上の署名で憲法の改正を提起し、国民投票にかけて賛否を問うというものである。ただこの「国民発案」の成功率は低く、二〇世紀末までに可決率は一割に満たないものだった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント米財務長官との間で協議 

ワールド

トランプ米大統領、2日に26年度予算公表=ホワイト

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中