最新記事

サイエンス

細菌の感染ルートを探るには、お札を追え!

2017年5月22日(月)20時17分
ジェシカ・ワプナー

この研究チームが紙幣上で発見した細菌の種類は、人の手の平や地下鉄構内の空気、飲み水、地域の海水などから細菌を採取した過去の研究と比べても多かった。さらに紙幣に付着した細菌には、他の媒体と比べても、抗生物質が効かない遺伝子が多く含まれていた。

今回の研究は、都市に潜む細菌集団の動きを把握しようという成長著しい研究分野に入るものだ。科学者たちは今、世界中に出現している潜在的に危険な病原体を探すのに適した場所の発見に努めている。廃水やドアの取っ手など、人々が日常的に使ったり触れたりする物は、すべて細菌の居場所を示す「警告システム」の役割を果たせるかもしれないと、オランダのラドバウド大学医療センターで感染制御学を教える細菌学者アンドレアス・ヴォスは言う。彼によれば、細菌を監視するうえで最も正確な情報を得られるのは廃水だ。廃水が流れてきた場所が農場なのか、家庭なのか、公共のトイレなのかが分かれば尚更役に立つという。

ヴォスによると、紙幣の上での細菌の繁殖力は、複数の要因によって決まる。紙幣の原料や(米ドル紙幣とユーロ紙幣の原料は異なる)、紙幣を使用する地域の地形(海辺や湿気の多い地域は、空気が乾燥している内陸部と比べて細菌が繁殖しやすい可能性がある)、公衆衛生の度合いなどによって、繁殖力は異なる。香港の研究でも、チームが採取した海洋細菌の数は、海から遠く離れたインド内陸部で使用された紙幣に付いていた細菌の数よりも多かった。

耐性菌との戦いに役立つ

では、紙幣に触れるのは危険なことなのか? ヴォスは紙幣に触って病気がうつる可能性はゼロに近いと言う。だが香港の研究チームは「紙幣のやり取りによって、様々な病原体や抗生物質の効かない細菌が広まる可能性がある」と結論している。紙幣の使用によって直ちに健康に害が及ぶわけではないにしろ、その恐れはなくならないということだ。

抗生物質が効かない耐性菌は、世界レベルの脅威だ。人口密度の高い都市部は、住民同士の物理的な距離が近いため、耐性菌の感染が広がりやすい。これまで香港では鳥インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)、豚インフルエンザなどの感染病が流行した。だからこそ細菌集団を監視する効果的な方法を確立することは不可欠だ。もしかすると今回の研究は、キャッシュレス化を急ぐのは細菌研究の上では考え物だと教えてくれたのかもしれない。ただし使用後はくれぐれも手洗いをお忘れなく。

(翻訳:河原里香)


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!

毎日配信のHTMLメールとしてリニューアルしました。

リニューアル記念として、メルマガ限定のオリジナル記事を毎日平日アップ(~5/19)

ご登録(無料)はこちらから=>>


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中