最新記事

シリア内戦

シリアの真の問題は化学兵器ではない

2017年5月2日(火)00時30分
ポール・D・ミラー(クレメンツ国家安全保障センター副所長)

ただし、世界中で使用禁止を実行しても、道徳的にはあまり意味がない。使用を容認するべきだと言うのではない。むしろ兵器の種類に関係なく、民間人の殺戮そのものに、はるかに厳しく対処するべきだ。

今の米政府の「信条」は、化学兵器さえ使わなければ、独裁者が自国民をいくら殺害しても罰を受けないという意味になりかねない。汚くない紳士的な殺害行為なら、存分にジェノサイド(大量虐殺)をして構わないと言っているようなものだ。

紳士的な殺害行為などというものが本当に存在すると思う人は、戦争映画の見過ぎであり、道徳に鈍感なだけだ。ドワイト・アイゼンハワー元米大統領は、「私は戦争が嫌いだ。私は戦争を生き延びた兵士として、その残虐さと無益さと愚かさを知っている」と言った。

戦争は常に野蛮で不快極まりないものだ。正義の戦いだとしても。

【参考記事】ISISの終わりが見えた

私は平和主義者ではない。アフガニスタンで従軍経験があり、武力行使が正しい場面もあると考えている。しかし、紳士的な殺害という代物は、人道的な戦争を支持していると市民に思わせるための滑稽な幻想にすぎない。爆弾であれ、銃弾であれ、なたであれ、人の命を奪う行為は殺害だ。

特定の兵器の使用を禁止することは、兵器を使う目的より兵器そのものに道徳的な重要性を与えてしまう。私たちは市民の大量殺戮に対し、殺害の手段に関係なく怒りを覚えるべきだ。

1カ月で数十人を毒ガスで殺したアサドが怪物なら、過去6年間に樽爆弾と通常の爆弾で50万人以上を殺戮したアサドもまた、怪物だ。人を殺した事実より殺害に使った兵器に怒りをぶつけるのは、あまりに近視眼的ではないか。

毒ガスを浴びて死んだシリアの子供たちの姿が、多くの人に衝撃を与えたのは無理もない。トランプも次のように語っている。「女性や幼い子供、かわいらしい小さな赤ちゃんまでが命を奪われたことは、あまりに恐ろしかった。彼らの死は人間に対する侮辱だ。アサド政権によるこのような憎むべき行為は受け入れられない」

もっとも、痛ましい写真や映像を見て外交政策を決めるなら、戦略の立案をCNNに、ツイッターに、丸投げするようなものだ。今回トランプは、アメリカの関心を引きたければ、カメラに向かって被害者だと主張すればいいという前例を作った。

世界の悲惨な歴史に比べたら、今回のシリアの写真はそこまでむごたらしくはない。アサドに道徳的な怒りが込み上げてきた人は、その余韻が残っているうちに、ネットで「ルワンダ虐殺」「スレブレニツァの大虐殺」「アウシュビッツ」を検索しよう――有害な検索結果のブロック機能をオフにしてから。

From Foreign Policy Magazine

[2017年5月2&9日号掲載]

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
毎日配信のHTMLメールとしてリニューアルしました。
リニューアル記念として、メルマガ限定のオリジナル記事を毎日平日アップ(~5/19)
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中